魔法騎士になりますか?
「伝承に出てくる召喚者は、特定の血筋に反応する人間が多いようだった。だから、君もそうかと思ったんだよ。興味深いね。ああ、ありがとう、ディアン」
リイドさんはディアンから本を受け取ると、表紙に目を落とした。
「僕は君を魔法騎士にしたくない」
目を上げると、甘い笑顔を浮かべた。
「危ないからね」
そのままシルビアさんに視線を移す。
「ただ、シルビアは君の魔法力の甚大さを諦めたくないようだ」
彼女は少し苦い顔をしてから頷いた。
「魔法騎士は、ただでさえ数が少ない。リンの魔法力は我が国を守る大きな力になるだろう。彼女が魔法を使えなくても、居てくれるだけでディアンの魔法力が格段に上がるわけだ。正直、魔法騎士団に居て欲しいよ。ただね、私もリンを危険に晒したいわけじゃない」
リイドさんが頷く。
「そこで話し合った結果、リン。君がこの世界に慣れて、精霊達とコンタクトが取れるようになるまで、魔法騎士団は、君を保護、観察する」
「………ええと、それは、どういう?」
シルビアさんが私の隣に来て座った。
「ここで働いて欲しいの。仕事は難しくないからさ」
リイドさんが後を続ける。
「そして、討伐の中でも危険度の少ないモノを選んで、ディアンと一緒に参加して欲しい。ディアンは、まだ君の魔法力が流れ込むのを制御できないからね。少しずつ慣れて行くように、実戦で訓練することにしたいんだ」
私は、ただ、頷くしか出来ないでいた。
リイドさんが苦笑を浮かべた。
「僕は、あんまり魔法が得意じゃない。ガーディアンも持っていない。魔法騎士になるつもりはないから、君を連れて討伐へは行けないんだ」
シルビアさんが私を見つめてた。
「どうだろう。そういう形で、ここに関わってくれないだろうか」
「………私は、それで役に立ちますか?」
シルビアさんが私の手を取った。
「充分に役立つさ」
私は笑って頷いた。
「それなら、引き受けます。仕事は探そうと思っていましたし」
リイドさんが、困ったような顔でシルビアさんを見た。
「結局、そうなってしまうのか」
彼は甘い目に少し鋭い光を宿して、私を見つめてた。
「ただし、いいかい、リン。もし、君が誰かと結婚することになったら、魔法騎士を続けさせない。そういう約束をマキシミリアンとしたよ。そうでないなら、彼は断固として君を魔法騎士になんかしないと言った。君も約束してくれるかい」
「……結婚ですか?」
なんだろ、全く想像できない事が出てきたなぁ。
まあ、そういうの、まだまだ先の話だもんね。
私は苦笑しながら頷いた。
「分かりました。約束します」
シルビアさんが、私をガバッと抱きしめた。
「一生、結婚なんかしなくていいわ。私が面倒をみる。リンを嫁になんかやらないから!」
「シ、シルビアさん?」
私を離すと彼女は満面に笑みを浮かべた。
「けっこうマジよ。考えておいてね」
止めてください、その美貌でそういう顔をするの。
私も顔が赤くなっちゃうじゃないですか。
リイドさんが、ディアンを向いて確認する。
「ディアンも、それでいいかな?」
彼はフッと私を見る。
切れ長の大きな目に不思議な表情が浮かんでた。
「リンがいいのなら、それでいいです」
シルビアさんの団長室を出てすぐ、ディアンが私の腕を掴んで真顔で言った。
「リン。父さんが、どれだけ見合いを持って来ても断われよ」
「えっ?」
それだけ言うと彼は、ふいっと背を向けて行ってしまった。
私は困惑して隣に立ってたリイドさんを見上げる。
彼は困ったように、垂れ気味の目を更に下げて苦笑を浮かべた。
「まあ、そういう事だね」
「え?」
☆
その日は魔法騎士団の詰所に残って、雑用をする事になった。
仕事というのは、お掃除なわけさ。
あと、シルビアさん、けっこうな書類仕事があるんだよね。
一応は読み書きが出来るから、分類を手伝ったり、それなりに仕事があった。
午後になって、詰所の周りを掃除してたらミリアンに出会ってしまった。
「あ、リンさん!」
逃げようと思ったら、凄く哀しい顔をされた。
「リンさん。何も逃げなくても………」
眉毛を下げて哀しそうにされると、ちょっと申し訳ないかな。
「すみません。初対面で手を伸ばされた時、怖かったもんですから」
彼はやっと合点がいったみたいな顔になった。
「怖かったのか。いや、ごめん。俺、そこまで頭回らなくて。あの時は君の髪が凄く綺麗だったから、つい触りたくて……」
私が髪を抑えて一歩引くと、慌てたように両手を振った。
「いや、触らない。ああいう事は、もうしないから、本当だから、そういう目で見ないで欲しいな」
騎士団の詰所というのは隣接してるらしく、魔法騎士団も、第一、第二騎士団も詰所が近いんだそうだ。
気をつけよう。
「でも、あれだね。ライアンにも聞いたんだけど。魔法騎士として働くってことは、やっぱり王宮のダンスパーティーには出ないんだな」
「どちらにしろ出ないつもりでしたけど?」
「え? そうなの? 俺はまた、ほら。魔法騎士特権を使うのかと思ってた」
「なんですか、それ」
ミリアンの話によると、魔法騎士は特殊技能を持つ上に数も少ないので、特別待遇を受けられるんだそうだ。
「通常の貴族が参加するような、面倒な催しを免除されるんだよ。その話は聞いてないんだ」
彼は形の良い眉を少しあげて、不思議そうに私を見る。
「聞いてないですね。たぶん……魔法騎士になるのを、反対させれているからだと思います」
「ああ。やっぱりな。ウチのルシアも猛反対されてた」
ルシアちゃん?
私の表情を見たミリアンは小さく笑った。
「まだ会ってない? あいつは魔法騎士なんだよ。最年少のね」
「……そうなんですか?」
すごいな、ルシアちゃん。
ミリアンは顎をポリポリと掻いて、ちょっと溜め息をついた。
「女性の魔法騎士はシルビアさんと、ルシアだけだよ。普通の女性がやるもんじゃない。魔法使いとして討伐に参加することはあるけど、後方支援が主だからね。なんで騎士じゃなきゃならんのかって、親がどんだけ嘆いたか分かるかい?」
「……いえ。あんまり分かりません」
だろうなって、顔で私を見ないで下さい。
「ひどい怪我をするかもしれないし、魔物に食われたり、オークなんかは連れ去って繁殖に使ったりするんだぜ?」
……まあ、それは魔物の講義で聞きました。オークに捕まるのは最悪だと。
確かになぁ。あんな可愛らしいルシアちゃんが、そんな目に会ったら——。
魔物は全部とっ捕まえて粛清する。
惨殺しても飽き足らない。
でもさ。
「けど、魔物が減らないと、魔法も剣も使えないような、村の女性達がそういう目に合うんですよね」
ミリアンが空のような碧眼で哀しそうに私を見る。
「やっぱ、そういう。ルシアも同じ事を言ったな。できる人間がやらないで、どうするんだってね。でもな、だからこそ、俺達がいるんだろ?」
「それなら、私達も同じです。だから……ここに居るんだと思う」
そう。どうして自分がここにいるのか。
私はその意味を見つけていきたいと思っているんだし。
ハンサムな顔を歪めて、ミリアンは困ったように笑った。
「まあ、ルシアもリンさんも、こっちの思い通りにはならないんだよな。分かってるけど、俺達が心配してるってことは忘れないで欲しいな。それに、少し残念だよ。俺、リンさんのドレス姿が見たかったからな」
ミリアンは、とても優しい顔で微笑んだ。
こうしてると、本当にハンサム。
だから、私も微笑み返した。
皆んなが心配してくれてるのは知ってる。
それと同じくらい、私も皆んなを心配してるよって思いを込めて。




