リイドさん
ライアンの道具箱には、片手に乗るくらいの画板が入っていた。
板に紐をつけただけの簡単な物。
「けっこう使い込んであるなぁ」
子供がちょっとした遊びで使っていたようには見えない。
何年も大切に使われたんじゃないだろうか。
私は道具をカバンに入れて、庭へ出る。
模倣もいいけど、少し自分でも図案を考えてみたい。
ちょうど咲き始めの薔薇というモチーフもあるし、ジャスミン、ミモザ、桔梗に似た花も咲いてたな。アイアン家の庭は、初夏に向かって花が咲き乱れている。
その日の午後は、ほとんど庭で時間を過ごし、最後はけっきょく薔薇の茂みに立ってクリーム色の蕾を書き留めていた。
「フローラ」
誰かの呟くような声が聞こえて顔を上げる。
そこには、ライアンによく似ているけれど、彼よりは背が高く、クセのある黒髪を顎の線まで伸ばしっぱなしにした。青年というより、男性が立っていた。
ようするに少し垂れ目の美形なんだけど、ライアンの持ってる中性的な部分が感じられない。
だからかな、目のやり場に困ったりはしないけど。
グレーのシャツブラウスにカーキ色のゆったりしたズボンを履いてる。
「こんにちは?」
私がそう声をかけると、ハッとしたように首を傾げた。
「君は誰かな?」
いや。それは私が聞きたいですけどね。
「私はリンと言います。アイアンさんにお世話になっている者ですが?」
「ああ。君が……」
まただ。なんで、こっちの人は私をしみじみ見るんだろ。
まあ、珍しいってことなんだろうけど。
そういうの、私の育った国では失礼なんだけどなあ。
まあ、常識って場所や人で違うから、仕方ないんだけど。
上から下まで、一通り検分が終わったようで、男性は一人で小さく頷いた。
なんか、納得して頂けたようだわ。
「僕はマキシミアンの弟でリイドという者だ」
「マキシミアン?」
彼はライアンが時々するように、トロンとした微笑みを浮かべた。
「マキシミアンはアイアン家の当主だよ」
「……ディアンの叔父さんですか?」
彼は笑って頷いた。
「その方が分かりやすかったかな。そう。ディアンの叔父だ」
この人が、魔法使いの叔父さんか。
ライアンに似てるんじゃなくて、ライアンが似てたわけね。
それにしても、アイアンさんの弟さんにしては若いんじゃないかな。
三十歳くらいにしか見えないけど………。
「リンさんは、絵を描くのかい?」
彼は微笑んで私の持ってる画板を指差した。
「いえ、絵といいますか。花をモチーフにして図案を考えようと思いまして」
「装飾品でも作るのかな?」
「そういうわけではないんです。あまり目的もないんですが。ただ、こういう事が好きなだけで」
「良かったら、見せてくれないかな」
私は少し戸惑いながら、描いたラフスケッチを差し出した。
リイドさんは、目を細めてスケッチを見る。
なんか、この人って先生っぽくて緊張するなあ。
ダメ出しとかされそう。
「とても上手だね。図案にするのが勿体無いくらいだ。そのまま色をつけても良いんじゃないかい?」
「い、いえ。あんまり上手く描けなくて」
「そうかい? とても上手いと思うけどね」
そこに軽く息を切らせたディアンがやって来た。
急いで来たみたい。
「叔父さん!」
「よお、ディアン。また背が伸びたな」
「帰ってくるなら教えておいてよ」
「ごめんな。シルビアに手紙をもらってね。予定はしてなかったんだ」
リイドさんは私に視線を向けると、微笑んだ。
「リンさん。明日はディアンと一緒に魔法騎士団の方へ来て欲しい。君の魔法を見せてもらいたいんだ。僕はそっちに滞在してるから」
ああ。この人は、私の処遇でシルビアさんに呼ばれたのか。
少し緊張してきちゃったなぁ。
「分かりました」
ディアンは叔父さんの腕を取って、責めるように言った。
「ええ? なんでウチに来ないんだ? 叔父さんの話を聞きたかったのに」
「前の時に残してった仕事があってね。シルビアに怒られてるんだ」
私は道具をカバンにしまって、二人に軽く頭を下げる。
「じゃあ、私は戻ります。明日、よろしくお願いします」
リイドさんは口元で微笑んだ。ディアンは何か言いたそうにしたけど、私はそのまま屋敷に歩き出す。
自分がどうしてここに居るのか思い出しちゃったよ。
趣味に生きるためじゃないんだよね。
玄関に回ろうと思っていたら、ライアンが馬屋の方から歩いてきた。
私は足を止めて彼を待つ。
なんでか、今はライアンに会えたのが少し嬉しい。
「お帰りなさい」
私が彼と並ぶのを待ってたら、歩きながら甘く微笑んだ。
「ただいま。庭にいたのか?」
「うん。薔薇を描いてた」
「ふぅん」
少し目を細めたと思ったら、私の頰を掴んで引っ張った。
「リャイアン。にゃにすうにょ」
彼はパッと手を離して、片眉を上げて面白そうに私を見る。
「いきなり、引っ張るとかないから! ほっぺが伸びて垂れたらどうすんの」
私が自分の頰を撫でながら彼を睨むと、ククッと笑った。
「お前の頰ってよく伸びるなあ」
「大きなお世話だよ」
私がふんっと横を向くと、彼は私を覗き込むように見た。
大きな黒目がじっと私を見つめる。
「な、なに?」
「お前、すぐヘコむんだな。笑ってろよ。その方が可愛いって言ったろ?」
そのままポンと頭に手を置いて庭へ向かっていく。
「ライアン?」
「騎士団で聞いたよ。叔父貴が来てんだろ? 挨拶してくる」
彼は背中を向けたまま片手を上げて歩いて行った。
私の胸が騒つく。
なんで……。
自分の胸に手を当てると、なんでか鼓動が早くなってる。
なんか……大丈夫か、私。




