ルシア
ライアンの箱に入っていた黒い棒は、たぶん炭を何かで固めたものなんじゃないかな。
丁寧に削ると、けっこう細い線も描くことが出来た。
少しの修正なら、小刀で軽く削ればいい。
紙が毛羽立つから、何度もは無理なんだけど。
ただ、インクを弾いてしまうから、さて、どうしたらいいんだろう。
ここの紙は厚いから、上に置いても透けてくれないし。
ああ、トレーシングペーパーが欲しい。
「ダメだわ。なんか、考えなきゃ」
取りあえず、少し疲れちゃったので庭を散歩して気晴らしすることにした。
散歩していたら、庭木の上の方に樹液が固まってるのを見つけたんだ。
飴色の塊。不思議だよね。
光に透かしてみたいな。
アレ、取れないかな?
周りを見回しても誰もいないから、私は木に登ってみようと思った。
頑張ったんだけど、靴を履いたままは、やっぱ無理か。
途中で落っこちてしまった。
「痛ったいなぁ」
溜息をついてそのまま寝転んでたら、びっくりするほど可愛い女の子が覗き込んできた。
淡い金髪は緩くカールしてて、抜けるような白い肌。
クリッとした大きな目は空のような淡いブルー。
覗き込んでいるので、彼女の髪がふんわり私の顔に触れる。
しばし、二人で見つめ合ってしまった。
「お姉さん、何してるの?」
ああ、声まで可愛い。鈴を鳴らすって、こういう声のことなんだ。
私は夢見心地で起き上がって、木の上を指し示す。
「あの樹液が欲しかったの」
彼女は木を見上げてから、キョトンと私を見る。
「取ってあげようか?」
「え?」
彼女は微笑むと小さく古語を唱え出した。
ここに来て、やっと私は彼女が魔法学園の制服を着ていることに気づいた。
本人が可愛いらし過ぎて、気づかなかったんだよ。
彼女が両手をふっと上げると、まるで空中を浮遊するように樹液が舞い降りて来た。私は手を差し出してソレを受け止めた。
「す、すごい! あなた、魔法使いなんだね? ありがとう」
「嬉しい?」
「とっても、嬉しい!」
彼女は花が開いたように笑って、私に飛び込んできた。
身長は私の鼻くらいまで、柔らかな髪がふわふわと私の顔を刺激する。
「お姉さん、好きかも!」
「へ?」
彼女は私を抱きしめたまま顔を上げた。
「私はルシアっていいます」
「あ、どうも。私はリンです」
何度も瞬きを繰り返したルシアちゃんが、不思議そうに首を傾いだ。
「リンさん? 聞いていた感じと全然違うんですね。もっと、怖い人かと思いました。リンさんは、すごく優しいですよね。周りの木々がそう言ってます」
「……えっと。ありがと?」
「ディアンに本を返しに来ました。また、新しい本を借りたいんです」
「……本小屋に行ってみる? もう、帰ってるかな」
「何やってんの?」
まったく、いいタイミングでディアンが帰って来たようで、ルシアちゃんに抱きつかれてる私を庭に立って見てた。
ルシアちゃんはディアンに気づくと、私を離して彼に走り寄って抱きしめる。
うん。この子の親愛表現は過激なんだな。
ディアンは困ったように私とルシアちゃんを見比べた。
「本を返しに来ました。新しい本を貸してください」
「あ、うん。それは分かったから離して?」
彼女はディアンを離すと私に走りこんで、また抱きしめた。
「こら、ルシア。リンさんが困ってるだろ?」
その声に思わずルシアちゃんを抱きしめて、ディアンの方へ走る。
だって——。
正統派イケメンのミリアンが、私のすぐ背後に立ってたんだもん。
この人、怖いんだもん。
「リンさん。その反応は酷くないですか?」
金髪、碧眼、凛々しい眉に男っぽい体躯。
正統派イケメンのミリアンが眉を下げて私を見た。
「正常な反応だろ?」
甘い声がミリアンの横から流れてくる。
ライアンが胡散臭そうにミリアンを見てた。
「お前、何しに来やがった」
「来やがったって、ライアン。友人に向かってその言い草か? ルシアをディアンの所に連れて来ただけだ」
「はぁん。用事が済んだら、さっさと消えろよ? ディアン、早く本を選ばせてやれば?」
私はルシアを離してディアンにくっつける。
ディアンが戸惑った目で私を見た。
「……リン」
「じゃあ、頑張って、ディアン。私、戻るから。じゃあね、ルシアちゃん」
ルシアちゃんは、ディアンを離すと私の首に抱きついて、頰にキスをした。
滑らかな唇が頰に当てられて、私はちょっとドキッとしちゃった。
男三人が呆然と私達を見てる。
彼女は本当にお人形みたいな愛らしい顔で笑った。
「リンさん。また、お会いしたいです」
「ルシアちゃんだけなら、いつでも歓迎する」
彼女の頭をふんわり撫でると、もう、蕩けそうな顔で私を見てくれた。
ルシアちゃんは私を離れると、ディアンに抱きつく。
なんていうか、不思議な子だなあ。
「……ルシア。なんて羨ましいことを」
ミリアンがボソッと呟いたので、私は思わず眉を顰めた。
ディアンがミリアンを冷たい目で見てる。
ライアンは苦笑を浮かべて、ディアンを急かした。
「いろいろ弊害が起こる前に連れてけ、ディアン」
ディアンは溜め息をついてルシアを自分から剥がし、手を引っ張って本小屋へ歩き出した。
私も部屋に戻ろうと思ったら、ミリアンが悲しそうな声を出した。
「行っちゃうんですか、リンさん」
「早く行け、リン」
ライアンが手でシッシッって追っ払う仕草をした。
ちょっと失礼よね。
私が軽く頭を下げて歩き出すと、背後でもう一度ミリアンが私を呼ぶ声が聞こえたけど。
「……リンさん」
「お前はこっちだろ? 俺の友人なんじゃなかったのか?」
ライアンがそう言って引っ張っていったので、私は、そのまま部屋に戻った。
夕食の時、珍しく早めに食堂に来たディアンが。
「リン。ルシアは気にいると、ああやって抱きしめる。俺だけじゃないから」
そんな風に言うから、ちょっと可愛くなってしまった。
「分かってるよ。私なんかキスまでされたじゃない?」
そう言ったら、ふっと息を飲んで少し頰を赤くした。
刺激が強かったのかしら?
「それにしても、可愛い子だったね。お人形みたい」
「ルシアはミリアンの妹なんだよ」
「え? あのゴツい人の?」
ディアンは苦笑して私を見た。
「リン、ミリアンには冷淡だね」
「……あんまり大きい人は苦手なんだ。怖いから」
私はそう言ってお茶を濁す。
まさか、この間の話をするわけにもいかないしねぇ。




