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二人乗り

 休みと言われて、やることと言えば一つだよね。

 ほぼ、一日中、机の前にいて本の図案を模倣してみたんだけど。


 「やっぱ、ペンで一発描きは難し過ぎるよ」


 この世界、鉛筆とかないんだろうな。

 魔法学園でも使っている人を見た事なかったし。


 「なんか、ないかな。木炭とか?」


 ララさんに竃の灰を分けてもらって、ペンにつけてみたけど。

 そりゃ上手く行く訳ないよね。


 私は部屋を出て探してみることにした。

「ララさん。ちょっと、散歩に行ってきます」

「そうですか? もう少ししたら日が暮れてきますからね。遠くまで行かないでくださいよ」

「分かりました。行って来ます」


 いい感じに硬い枝を密閉して燃やせば、細い木炭ができるかな。

 竃の灰みたいに、ボロボロしなくて、薄っすら線を描けるような、そんな木はあるかな。


 相乗り馬車を使うようになって、少しは道も覚えた。

 真っ直ぐ右に行けば町に向かう。

 その途中には、林や小川があるんだよね。


 とりあえず、私はアイアン家から近い林を探してみる事にした。


 少し探し歩いて、何本かの枝を手に入れたけど。

 上手くいくんだろうか。


 密閉できて、燃えないものってあるかな。

 ビンは割れそうだし、ララさんに缶があるのか聞いてみようか。

 何もなければ土だよね。

 穴を掘って——。


 「何やってんだ、リン」


 顔を上げればライアンが馬の上から不思議そうに見てた。

 この人、なんで変な所にばっかり現れるんだろ。


「なんか。木炭になりそうな枝を探してたの」

「はぁ? 木炭?」

「図案の模倣に使いたくて……」


 ライアンはちょっと目を細めた。


「もうすぐ日が暮れるぞ。そこまでにして帰らないと暗くなる。ほらっ」

 そう言って馬の上から手を差し出した。

「え? ほらって」

「乗ってけ。どうせ家に戻るんだ」


 い、いや。

 乗ってけって。

 私は優しい目の茶色い馬を見る。


「ライアン。私、馬には乗ったことがないよ」

「大丈夫だから手を掴めよ」


 戸惑いながらライアンの手を掴むと、グイッと片手で引き寄せて、もう一方の手で私の体を持ち上げた。

 そのまま、私を自分の前に横向きで乗せてしまった。


 馬って乗ると目線が高い。地面が遠いよ。

 私が強張ってると、ライアンは喉の奥でククッと笑った。

 笑いごとじゃないのに。


 彼は私の片腕を引っ張って自分の腰に回して掴ませた。

 おまけに——片手を私の腰に回して支える。


 ちょっと待って。

 これじゃ抱きかかえられてるのと一緒じゃない。


 接触した部分からライアンの体温が伝わってきて、私はよけいに強張る。

 鼓動が速くなって、自分の体を熱く感じる。


「ちゃんと掴まっとけよ」


 片手で手綱を持ったライアンが、軽く馬を脚で叩く。

 お利口な馬は彼の指示で、ゆっくり歩きだした。


「本当に、リンって変わってるよな」


 顔が近いから、甘い声がすぐそこで聞こえて緊張する。

 きっと私、真っ赤になってるよ。

 ライアンは別に気にした風でもなく、普通に話し掛けてくるし。

 ちょっとは察して欲しいんだけど。


「普通はさ。木炭が欲しいから枝を探すって、あんま、考えないよな」

「そうかな」

「あぁ。木炭を買ってくれって言うだろ」

「でも、これって完全に趣味の物だし」

「それでも、買えっていうのが女だろ?」

「すごい偏見だね」


 馬はゆっくり歩いてくれるけど、やっぱり揺れる。

 高い目線から地面が揺れて見えて、思わずライアンの腰を掴む手に力が入ってしまう。

 彼は面白そうに私を見た。


「落ちないよ、リン。俺も掴まえてるから」

「………信じてるからね」

 強張ったまま言ったら、彼はクスクス笑った。

 耳がくすぐったい。


「リンは面白いよな」

「……バカにしてる?」

「なんでだよ。誉めてんだろ」


 少し高さに慣れて来たら、辺りの景色が違って見えて面白い。

 動きに合わせて揺れる馬の立髪を見て思う。


「二人も乗せて、重くないかな?」

「重いだろうな。特に、リンが」

「ライアン。どういう意味?」

 ムッとして思わず顔を上げると、彼は笑って私を見てた。


 だから、顔が近いんだってば。

 息がかかりそうで、思わず顔をそむける。

 恥ずかしい。

 また、顔が熱くなってく。

 

「リン。前を見てみな」


 言われて顔を上げると、雲が茜色に染まってる。夕焼けが凄い。


「綺麗だね」

「ああ。凄いな」


 思わず夕焼けに見入って、ライアンとの近さを忘れてしまう。

 でも、温もりだけは感じてた。


 アイアン家に戻って馬屋に着くと、ライアンはヒョイっと馬を降りて、私に両腕を差し出した。


「……えっと」

「なんだよ。降りるんだろ?」

「降りますけど」

「落とさないから大丈夫だよ」


 そういう事じゃないんだけど。


 抱きとめられる形で馬を下ろしてもらって。

 ……なんか、もう。


 彼は私を見て面白そうに笑った。

「なに赤くなってんだよ」

「は、恥ずかしいんだから仕方ないでしょ」

「何が恥ずかしいんだ?」


 私はグッと言葉に詰まってしまった。

 ライアンは面白そうにクスクス笑って。

「可愛いな、リン」

 そう言って甘い眼差しで私を見る。


 またカッと頰が熱くなった。

 なんか、遊ばれてるみたいで腹がたつなぁ。


 彼は馬を小屋に繋いで、桶に水をくんでやる。

 そこに、ライアンより背が高いけど、ずいぶん細い青年が現れた。

 マイケルと同じ、赤毛に茶色い目をした人だ。


「お帰りなさい。ライアンさん。あとは俺がやりますよ」

「ありがとう、ガイン」


 ライアンに聞いたら、背の高い青年はアイアン家で仕事をしている人だそうだ。

「主に力仕事や馬の世話だからな。リンが知らなくても仕方ない」


 アイアン家には使用人がいるんだね。

 ほんとに、貴族なんだなぁ。


「リン。部屋に戻る前に、ちょっとついて来いよ」

「……え?」

「すぐ済むからさ」


 彼は私が使わせてもらってる部屋から、二つ離れた部屋へ入った。


 その部屋からはライアンの匂いがした。

 椅子にシャツが掛けてあって、机の上に数冊の本が積んである。

 ロッカーダンスがあって、幾つかの靴が床に転がって、ベッドの横にサイドテーブル、その上にランプが置かれてた。


 私が使っている部屋より、少し広いみたいだ。

 窓からはレースのカーテン越しに薔薇の茂みが見えた。


 たぶん、ここはライアンの部屋なんだな。


「ちょっと待ってろ」

 彼はベッドの下から物入れを引っ張りだして、何かを探し出した。


「確か……ここに。ああ、あった」


 ライアンが取り出したのは、道具箱サイズの綺麗な箱だった。

 深い青色の厚い布が貼ってあった。箱の表面には、いろんなビーズで魚の模様が描かれている。とても綺麗な箱だった。

 

 彼は大事そうに箱を撫でると、私に差し出した。

「古いけどな、まだ使えると思う。リンにやるよ」

「え……あの」

「開けてみ」


 ライアンが微笑んで私の手に箱を押し付ける。

 いいのかな?


 彼を見上げると、小さく頷いて微笑む。

 少し緊張しながら受け取って、開けてみると。

 箱の中は、クレパスや筆、定規や木炭に似た黒い棒、瓶に入った絵の具……。


「ライアン。絵を描くの?」


 私が驚いて彼を見つめると、はにかむ様な笑顔を見せた。

「子供の頃の話だ。今はもう使ってないし。勿体無いからな。リンが使ってくれ」

「でも、なんか、大事な物なんじゃないの?」


 さっき、箱を取り出した時の彼の様子から、そんな風に思えたんだけど。

 彼は私の部屋で図案を見た時と同じ、不思議な目をして私を見る。

 胸の奥が騒ついてくる。


 見つめ合ってた時間は、短かったのか、長かったのか分からない。

 ライアンが目を瞬いて甘く笑った。


「リンに使って欲しいんだ」


 私は海のように青い箱を見る。

 ビーズの貼り付け方から、誰かのお手製なんじゃないかと思った。


「……じゃあ、借りる。大事に使う。ありがとう」

 

 私が箱をギュッと抱くと、彼は照れたように笑った。

「やるって言ってんのにな。まあ、いいや。用事はそれだけだ」


 なんでだろう。

 私は頷くのが精一杯で、言葉も出なくて、そのまま彼の部屋を出た。


 自分の部屋に戻る途中で、仕事から帰って来たアイアンさんに会った。

「アイアンさん。お帰りなさい」

「ただいま、リン」


 アイアンさんは私が持っている箱を見て、一瞬、目を見開いた。

「リン……その箱」

「ライアンが貸してくれたんです」


 彼は目を細めて箱と私を見比べた。

「そうか……ライアンが」

「あの……」

 なんで、こんなに驚いているんだろう。


 アイアンさんは、少し考えてから私に聞いた。

「リンは絵を描くのかい?」

「いえ、絵といいますか。図案やデザインを学んでいたので、デェフォルトした物ですけど」

「……なるほど。そうなんだね」


 彼は感慨深そうに頷くと。

「今度、君の書いたものを私にも見せてくれないか?」

 そう言って、いつもの優しい笑顔を浮かべてくれた。



 




 





 

 


 



 

 

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