養女
相乗り馬車を降りて、アイアン家に戻った。
私はディアンと別れて自室に行く。
ディアンは私の様子を気にしてくれてたけど。
「やっぱり、卒業はしたかったの」
そう言ったら納得してくれたみたい。
机の前に座って、軽く溜め息。
ディアンが私を心配してくれてることも、私が普通の魔法使いじゃないことも、分かってるんだけどね。
それでも、私は——。
一緒に学校に通って、訓練を受けて、魔法について教えてもらって。
友達みたいに、学食で一緒にご飯を食べて。
そうやって過ごしてるうちに、ディアンを勝手に仲間みたいに思ってたみたい。
そりゃ、違うよね。
私は外から来た人間なんだもんね。
「……やっぱ。ヘコむ」
首を振って立ち上がる。
座り込んで一人でいると、ぐるぐる無限に落ち込んで行きそうだ。
アイアン家の庭は広い。
テラスの前は芝生、庭を囲うように樹木が植わってて、季節ごとに花が咲くようになってるみたい。
今は薔薇が咲き始めて、あたりを甘い香りで満たしてる。
少し屋敷から離れると、薔薇に囲まれたベンチが置いてある。
ここに来たての頃、眠ってしまった場所だ。
そこに座ると、頭上はつる性の薔薇でアーチが作られ、ベージュがかった黄色い薔薇が咲いてる。
一つ一つの花は、あまり大きくない。ただ、花弁の枚数が多くて可愛い。
ぼんやり座ってたら、甘い声がした。
「なにしてんだ?」
仕事は終わったのかな。ライアンが相変わらずの甘いマスクで薔薇の茂みに立っていた。
なんだろう。この人を見ると不思議な気分になる。
落ち着くような、胸が騒つくような。
「薔薇が綺麗だなって」
「これからが盛りだからな。お前、また落ち込んでんのか?」
なんで分かるんだろうか……。
私が困った顔をしたんだろう。
彼は小さく笑った。
「落ち込むと、俺もここに来るんだよ」
「ライアンでも落ち込むことなんかあるの?」
「あのな、こう見て繊細なんだぜ。日々、落ち込んでるさ。落ち込みが持続しないだけでな」
思わず笑ってしまった。
なんて、彼らしい物言いだろう。
ライアンは、伸びた前髪を掻き上げてから甘く微笑んだ。
「ほらな。リンは笑ってる方が絶対に可愛いって」
私はクスクス笑いが収まらず、笑いながら言った。
「ライアンは、こうやって女の子を口説くんだ」
彼がふっと息を飲んだ。
あれ?
ちょっとした軽口のつもりだったのに、ライアンは黙り込んでしまった。
もっと、こう。
俺が口説けば落ちない娘はいない、くらいの言葉が返ってくるかと思ったのに。
「あの……。ごめん?」
彼はどこか困った顔で自分の首の後ろに手をやった。
「……いや」
ライアンはもう一度、ふっと息をつく。
「気にしてないさ。気がすんだら戻れよ。ララが探してる」
そう言うと、背中を向けて屋敷の方に帰って行った。
なんか、少し戸惑う。
気に触ること言ったのかな。
ああ、そういえば、正統派イケメンが言ってたよね。
彼は女の子を誘うのやめたんだって。
……失礼だったかのな。
私って、どうして、こうなのかな。
ああ、やっぱり、ヘコむ。
☆
その日の夕食の時だった。
「リン。少しはここの生活にも慣れてきたかい?」
アイアンさんが笑いかけて、そう聞いてくれた。
「はい。だいぶ、慣れてきたように思います」
私も笑顔を返して言った。
うん。それは間違いないと思う。
「そうか。それなら、君を養女にする話を進めてもいい頃かな?」
私の動きが止まる。
意識してたわけじゃないんだけど。
正統派イケメンのミリアンが言ってた話を思い出した。
ライアンが、そんな私に気づいたのか。
「そういうのは、まだ先でいいんじゃないのか?」
そう言ってくれた。
意外なことに、ディアンまで。
「俺もそう思う。リンは魔法のことだけでも大変なんだし」
そう言った。
二人は目線を合わせてから、父親を見る。
この家に来て、ライアンとディアンの意見が一致してるのは初めて見たよ。
アイアンさんが戸惑ったように兄弟を見る。
「なんだ? お前達、リンを家族にするのに反対なのか?」
「そういう事じゃないだろ、親父」
「そうだよ。そんな事は言ってない」
少し困ったように、アイアンさんが続けた。
「なら、早い方がいいじゃないか。もうすぐ王家主催のダンスパーティーもあるんだし。彼女を紹介するには、いい機会になると思うぞ」
ライアンが苦い顔で父親を睨んだ。
ディアンも冷たい目で見ている。
「おいおい。何なんだよ、二人して。リン、君はどうだ?」
応援を求めるように私を見られても……。
「あの。ダンスパーティーって何ですか?」
アイアンさんが気を取り直したように説明してくれる。
「リンの居た場所ではなかったかい? この国では十六歳が成人でね。十六になるとダンスパーティーに出るんだよ。そこで、いろんな人達と出会って、親睦を深めて、将来の伴侶を決めていくんだ」
ライアンが吐き出すように言った。
「ようするに、集団見合いじゃねえか」
ディアンも不味いモノでも食べたように言う。
「参加は強制じゃないし、参加することないよ、リン」
アイアンさんが目を瞬かせている。
娘にって気持ちはすごく、嬉しいんだけど……。
「あの。アイアンさん。私、ダンスなんか踊れないですし、そういう場所は、たぶん、苦手ですので」
「それは心配ない。今から習えば踊れるようになるさ。始めはライアンかディアンにエスコートして貰えばいい。家族がエスコートするのはよくあるからね」
いえ、そういう事じゃないんです。
私が返答に困っていると。
ライアンが剣呑な目で父親を睨む。
「親父。あんた、自分がリンのドレス姿が見たいだけだろ。人形じゃねえんだからな。着飾らせて連れ歩くなんてのは、いい大人のすることじゃないだろ」
うわあ、辛辣だよ、ライアン。
ディアンが大きく頷いて続ける。
「父さんだって分かってるだろ。あんなの参加したら、物色されて、評価されて、色目で見られるんだ。リンをそういう目に合わせたいっていうわけか」
ディアンまで……。
ライアンがダメ押しで言う。
「そういう父親が、娘に嫌われるんだぜ?」
アイアンさんが渋い顔で二人を見て、困ったように私を見た。
「嫌かい、リン」
私も相当に困った顔になってたと思う。
「私を娘にって言って下さる気持ちは嬉しいんですけど。まだ、どういう身の処し方をすればいいのか分かりません。それに、やっぱり……人前で踊るとか、ないです。できれば、避けたいんですけど」
できれば、じゃなくて。
全力で避けたい。
「そうか……。分かったよ。この話は、もう少し時間をかけよう」
アイアンさんが残念そうに私を見た。
食後、アイアンさんが、少しショボくれて食堂を出て行ったのは申し訳ない気がしたけど。
「ライアン、ディアン」
食堂を出ようとする二人に声を掛ける。
「ありがとう」
私がそう言って頭を下げると、二人は顔を見合わせた。
ライアンはヒョイと肩を上下して、ポンッとディアンの肩を叩いて出て行った。
「俺も兄さんも、リンをこの家に置きたくないわけじゃないんだ」
ディアンが真顔で言うから、私は笑って頷く。
「分かってる。なんていうか、助かったわ。ありがとう」
彼は、少し照れたように笑って。
「おやすみ」
と言って食堂を出て言った。
私はホッと胸を撫で下ろす。
これって、一難去ったってことでいいのよね。




