卒業試験
魔法学園の講堂で、シルビアさんは胡座をかいて考え込んでしまった。
「どういう事だと思う、ディアン。あれだけの魔法が使えて、なんで召喚魔法が使えない?」
ディアンは私をチラッと横目で見て、言い難いそうに言う。
「彼女が召喚された異世界の人間だからだと思います」
「うん。なら、なんで魔法が使えるんだ? エレメントとコンタクトは取れてるってことだろ」
二人は目を合わせた。
たぶん、答えは決まってるんだよね。
ディアンが溜め息混じりに答える。
「それは、俺を通して行われてる。そういう事になります」
シルビアさんが顔にかかった銀髪を片手で払って、大きく息をつく。
「ガーディアンをつくれないって事は、防御魔法以外で身を守る術がないって事になるな」
ディアンが大きく頷く。
「そうなります」
二人が私をじっと見る。
なんか、本当に居たたまれない。
そう。私は卒業試験に合格できないでいる。
召喚魔法は、まったく発動しなかった。うんともすんとも。
シルビアさんは、胡座をかいたまま腕を組んでディアンを見た。
「そういや、試した事なかったな。ディアン。ちょっと、風でも起こしてみてくれないかな。君が彼女のそばで使う魔法も見てみたい」
ディアンは頷くと、軽く目を伏せて、小さな声で古語を唱え出した。
彼の周りを回るように、ゆっくり風が動き出す。
そういえば、私、彼が判定魔法以外を発動するの初めて見るな。
白いシャツブラウスが揺れ、髪が煽られていく。
彼は魔法のせいなのか、不思議な空気を纏って神秘的に見えた。
ディアンの魔法は凄く綺麗だ。
黒髪が揺れ、軽く睫毛を伏せた表情は、どこか人形めいている。
少年らしい、まだ華奢で細い体を、風が渦を巻きながら包み込んでゆく。
ディアンが目を開くと、彼の黒い瞳に砂金のような光が踊ってるのが分かった。
瞬間、私の体に電気的な刺激が走って、軽い目眩が起こる。
ディアンがゆっくり両手を上に上げるのが見えた。
風が渦をつくって巻き上がり、彼を中心に。
——竜巻が起こった。
凄いエネルギーが上昇していく。私の周りも風が巻き起こって上に連れて行かれそうだ。講堂の屋根が音を立てて飛ばされた。
シルビアさんは胡座をかいたまま、呆気に取られて、その情景を見つめていた。
風が止むと、中心にいたディアンが呆然としていた。
「ディアン。お前、なんの魔法を使ったんだ?」
「いつもの、風を吹き上げるだけの魔法……だったんですけど。途中から、俺の中に凄い量の魔法力が流れ込んできてコントロールを失いました。すみません」
シルビアさんは、目を細めて私を見る。
「……彼女の魔法力が流れ込んだのか。これだけの魔法が発動できて、制御できれば強力な戦力になるだろうけどな」
困惑を滲ませて眉を寄せた。
「問題は、どうリンを守るかなんだよなぁ」
講堂の扉を開いて、血相を変えた男性が走り込んで来た。
「先生! いったい、何があったんですか、いま、ここの屋根が吹っ飛んで行きましたが——」
彼は立ち尽くすディアンと私を見て、息を吸い込んだようだった。
シルビアさんが、疲れたように立ち上がる。
「すみません。キド先生。怪我人が出なかったか確認してもらえますか?」
☆
学園帰りの馬車の中、魔法使いの皆さんがチラチラ見るだけでなく、ヒソヒソと耳打ちしあっているのには気が滅入ったよ。まあ、講堂の屋根を吹っ飛ばしたんだから、仕方ないのかもしれないけど。
あの後、シルビアさんは私に三日間の休みを言い渡した。
私の処遇を検討しなければならないらしい。
ディアンは明日から少しづつ仕事に慣れて行くために、魔法騎士団と行動するように言われた。
さすがに私も少し落ち込む、想定を裏切ってごめんなさい。
シルビアさん。
「リン。ヘコんでんのか?」
黙ってる私を気にして、ディアンが困ったように言った。
「うん。ちょっとね」
「……俺はホッとしてるけどね」
私が彼を見ると、ディアンは綺麗な顔で軽く微笑んだ。
「これで、リンが討伐に行くのは先になるだろ」
「でも、ディアンは討伐に行くんでしょ?」
「俺は男だし。ガーディアンもいるし」
私はふうっと溜め息をつく。
「男かどうかは関係ないんじゃない。シルビアさんだって女性だし、数は少なかったけど、女性の魔法使いもいるじゃない。シルビアさんが、せっかく時間をかけてくれたのに、申し訳なくて」
ディアンは、まるで子供を諭すように言った。
「リンが気にすることじゃない。そういうのが、あの人達の仕事なんだから」
なんか、偉そう。
言っとくけど、私の方がお姉さんだから。
ディアンは、さらに続ける。
「それに、女性の魔法使いは、後方に配置されてることが多い。回復魔法を使うのが主な仕事だから、救急班みたいな感じだし。シルビアさんが、前線に出ることは稀だし」
そりゃ、そうだろうけど。
プリンセスに何かあったら、魔物どころじゃないだろうし。
「最前線まで出る女性の魔法使いは、今は一人しかいない」
「そうなんだ」
ディアンは私を見て困ったように眉を寄せた。
「ただ。リンは俺に付いてくる事になるかもしれない。そしたら、前線に出される可能性が高い」
「うん。まあ、私はそう聞いてたから、そういうつもりだった」
「俺は反対だから」
私はたぶんポカンとしてたと思う。
「そうなの?」
彼は大きな切れ長の目で、呆れたように私を見る。
「当たり前だろ? 魔物の講義も受けたんだろ? どんな怪我させられるか分かんないんだぜ? 怪我で済まないことだってあるんだ。そんな所に、俺がリンを連れて行きたいと思うわけないだろ」
「けど、ディアンは行くんでしょ?」
「もう一度言うけどね。俺は男なんだよ。ガーディアンのいる魔法使いなんだ。リンとは違う」
ちょっと、ショックなんだけど。
ディアンって、そんな風に思っているのか。
私はさらに落ち込んだ。
自分とは違うって、ディアンに言われると思ってなかったよ。
「えっと、リン?」
「……なに?」
彼は困ったように私を見る。
「怒ってるのか?」
私は溜め息をついて首を振った。
そうじゃない。
そういうことじゃないんだけどね。




