ウロウロするな。
ミリアンは、口元に笑みを浮かべた。
「その点、君はいいね。僕を相手にしても、ほとんど愛想を振りまかない」
「……それは、よく知らない人ですしね」
向こうに居た時も、よく、兄に愛想のない奴だと言われてたなあ。
別にいいけどね。
「ま、それで、ライアンは相手構わず声を掛けるようになったんだよ。声は掛けるだけだけどね。それだけでも、素行不良の烙印を手にすることができる。親がかりで娘を押し付けようとする人間は減っただろうな」
「なるほど。知能犯なんですね」
けど、そのせいで睨まれるし、蹴られるし、か。
貴族って大変なんだなあ。
「他人事だねぇ?」
「え? それは、私には関係がないですから」
「そうかな。アイアンさん、君を養女にするって言ってるらしいけど?」
確かに娘と思っていいかとは言ってくれたけど……。
そうなったら、そうか。
私って、アイアン家の一員になるのか。
思わず眉を寄せると、ミリアンが笑った。
「分かったみたいだね。アイアン家と親戚になりたい輩が、今度は君にも群がるんだな」
「止めてくださいよ。まだ、そういう話を正式にしてるわけでもないですし」
「なに言ってんだ? そうじゃなくても、君はシルビアのお気に入りだろ?」
「へ? シルビアさんですか?」
何の関係が?
「彼女はプリンセスだ」
「……そ、そうなんですか?」
「ああ、第二皇女」
いや、そりゃ。えらい美貌の女性だとは思ったし。男装なんか、そこらの人はしないと思ったけど。
それに、私って気に入られてるの?
「おまけにディアンが召喚した、希少な女の子だし。存在自体が興味深いよな。それに……」
イケメンは色気のある横目で私を見た。
まだ何か続くのかな。
「すごく綺麗だし」
無邪気に笑って、私の目を覗き込む。
淡いブルーの目に驚いた私の顔が映り込んでた。
ちょっと、顔が近い。
カッと頬が上気してくるのが自分で分かった。
顔が真っ赤になったはず。
私は身を引いて眉根を寄せた。
「そんなことは、言われたことないです。冗談はやめてください」
「冗談じゃないよ。言われたことないの? なら、もう一度、俺が言おうか」
彼は赤くなった私を面白がるように続けた。
「君は綺麗な女の子だよ」
ミリアンが手を伸ばしてきたから、今度は思いきり身を引いて後退った。
けど、この人、にじり寄って来る。
いくら、イケメンだって怖いよ。
私が強張ってると、パンッと音を立てて、誰かがミリアンの手を蹴り上げた。
「お前、何する気だ」
非常に棘のある甘い声が上から降ってきた。
見上げると、ライアンがそばに立って腕を組み、凄い目でミリアンを睨んでた。
「こいつに触る気じゃねぇだろうな」
彼は腕を組んだまましゃがみこんで、私と彼の間に体を入れ、剣呑な声で言う。
「洒落になってるうちに止めとけよ、ミリアン」
ミリアンは、ライアンの目を平然と受け止めて睨み返した。
「洒落なわけないだろ。だいたい、お前が隠してるのが悪い。こんな綺麗な娘だと思ってなかった」
「お前に教えたら、手を出すからだろーが」
「馬鹿いうな。俺は簡単に手を出したりしない」
「へえ、じゃあ、お前は、いま、なにやってたんだ?」
ミリアンが、真顔になってライアンに言う。
「簡単じゃないことをしてる」
「そうだな、不可能だ。やめとけ」
二人が睨み合うので、私は非常に居たたまれない。
ライアンって、怒らせると怖い。
少し動いたら切れそうなくらい、張り詰めた雰囲気を作る。
空気がピリピリするみたい。
しばらく二人で睨み合って、やっとミリアンが息をついて頬を緩め、微笑を浮かべた。彼は両手を上げて降参のポーズを作ると立ちあがった。
「分かった、ライアン。悪かった。今日は退散するよ。それじゃ、リンちゃん。また会おうね」
「誰が会わせるか。さっさと消えろ」
ミリアンが、私に軽く手を振って訓練場に降りて行った。
はっきり言って、ライアンが来てくれて助かった。
私、あんなに強引な男性に会ったの初めてかもしれない。
ホッとしてたら、剣呑な声が私に降りかかった。
「で、お前は何をやってんだ?」
ライアンは、しゃがんだまま、そう言って私を睨んだ。
いつもの甘い目じゃなくて、すごく不機嫌で怖い。
美形は怒らない方がいいと思う。
本当に怖いから。
「え……ちょっと、見学を」
「見学だぁ? 騎士訓練なんか、野郎しかいないぞ。女の子が一人で見るもんじゃない。ディアンは何やってんだ」
「なんか、用事があるらしくて」
彼は、ハァッと溜め息をついて首をうな垂れた。
「お前、絶対にあいつのタイプだと思ったから、会わせないつもりだったのに」
「……えっと」
「悪い奴じゃない。けど、けっこう、しつこいんだぞ」
「……あの」
ライアンは甘い目を悩ましく細めて私を見ると、盛大に溜め息をついた。
「えっと……ごめんなさい。剣の訓練なら、ライアンもいるのかなと思って」
正直に言ったら、困ったように前髪を掻き上げて覗くように私を見た。
少し面白がってるみたいに見える。
彼は立ち上がると私に手を差し出した。
「とにかく、この辺りを一人で彷徨くなよ。お前は隙だらけなんだから」
ライアンの手を掴んで立ち上がらせてもらいながら、小さく返事をする。
「……はい」
「馬車亭まで送ってく。いいな、真っ直ぐ帰るんだぞ」
「あ……はい」
ライアンはそう言うと、繋いだままの私の手を引っ張って歩き出した。
本当に、こっちの人はすぐ手を掴んで引っ張るなあ。




