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ライアンの同僚

 午後はディアンに付き合ってもらって実践を訓練した。

 基本的には本の小屋で行った事と同じ、イメージして古語を唱える。

 その繰り返し。

 ただ、私が魔法を成功させるたびに、シルビアさんが小さく声を上げるのが気になった。


 魔法学園というのは、三時で終了になるようだ。

 町の至る所で時間になると鐘が鳴り出す。

「ふむ。今日は終了だ。では、また明日ね」


 シルビアさんに手を振られ、私はディアンと一緒に送迎の馬車に乗った。他の学生も乗り込んで、相乗りになって帰る。近くに住む人は徒歩で帰ったりもするようだ。マイケルは家が近いらしく、馬車には乗っていなかった。


 相乗り馬車は便利なんだけど、人がチラチラ見てくるのには辟易するなあ。

 まあ、私、珍しいんだから仕方ないけどさ。


 実践訓練の後のディアンは静かだった。

 なんとなく、シルビアさんの上げていた声と関係している気がする。


 だからと言って、不機嫌というわけではないようだ。

 ただ、何か考えているみたい。

 そんな感じだったから、私も大人しくしてる。


 アイアン家の前で降りて、ララさんに挨拶して部屋に戻る。

 ディアンも部屋に戻ったようだけど、後で本小屋に行くんだろうか。

 まあ、いいや。


 前の時とは違って、落ち込んでるとか、そういう感じではなかったし。


 私は机の上にライアンにもらった紙とペンを出して息を吸う。

 さあ、やるぞって。

 ディアンに借りた本を取り出して、そっと中を開く。

 丁寧に扱わないとね。


 ああ、やっぱり、凄い。


 まるで、森に誘われるようだ。

 葉の一枚一枚、さえずる小鳥の羽毛の一本、一本、匂うような花の花弁。

 本当に丁寧で緻密で、描いた人の熱がそのまま伝わってくるようだ。


 私はホウッと溜め息をつく。


 なんて美しいデザイン。

 文字も含めて、一枚の絵のようなページが続く。


 どれほどの時間と手間がかかっているんだろう。

 私の胸も熱くなってくる。


 私は紙を広げ、ペンを持つ。

 緩やかにカーブする線の一つを追いかけるように、もう一枚のまっさらな紙に線を描いていく。


               ☆


「こんな暗い部屋で本を読んだら、目が悪くなるだろ」


 甘い声にハッとして顔を上げると、ライアンが呆れたような顔でランプを灯す所だった。

 気づけば部屋には夕陽が差していた。


「ああ、ごめんなさい」


 私が苦笑を浮かべると、彼は口元だけで笑って、ヒョイと肩を上げた。

「ノックもしたんだけどさ。気づかなかった? ララが呼んでるよ」


 ライアンはランプを持って、座っている私の隣に立つと机の上の紙を見て目を丸くした。


「……これ。リンが描いたのか?」

「はい。あんまり上手く描けないなぁ。やっぱり、ペンは難しい」


 彼は目を瞬かせて軽く首を振った。


「上手く描けない? これで?」

「え、だって、本物はもっとこう、踊るようじゃない?」

「踊る?」

「そう」

「絵が?」


 思わずライアンの手を取って、彼の指を違ってる部分に当てる。


「ほら、この小鳥の尻尾とか、ここの蕾も、やっぱり違ってるでしょ? この蔓のとことか、踊り出しそうに見える。本当、どうやったら、こんな風に描けるのかな。描いた人、凄いと思う」


 私は手を離してから、彼を見上げて笑った。


「ね、凄いよね」


 え?

 なんだろう。


 私を見ているライアンの目はいつもと違ってて、吸い込まれるようだった。

 目が逸らせない。

 ライアンは不思議な目で、じっと私を見つめてる。


 なんだろう瞳の奥に知らない色が混ざってるみたい。

 胸が騒つくような目の色だ。


「………リン」


 すごく甘い声で名前を呼ばれて、首筋がゾクッとなる。


 な、なに?


 彼はフッと目を伏せて息をついてから言った。

「こんだけ描けたら仕事が来るぜ?」


 私は彼の目から離れられて、少しホッとした。


「嫌だな。まさかですよ。本職の人って、もっと上手でしょう」

「いや、十分だろ」

「それに、これは模倣ですから。自分で図案を考えたわけじゃないし」


 私が困ってると、彼はクスッと笑った。

「お前、向上心が強いんだな」


 そして、私の頭をポンと叩いて、トロンとした甘い笑みを見せた。

「あんまり根を詰めると、本当に目が悪くなるぜ。俺はメガネ女性も好きだけど、面倒だろ? 明るい時間で止めとけ。ララが食堂に来いってさ」


 彼はそのまま部屋を出て行った。

 私も道具を片付けて、ランプの火を小さく絞って部屋を出た。


 なんか、何だったんだろう。

 いきなり手を掴んだからかな。

 だって、なんか、彼に分かって欲しかったから。


 ……ごめんなさい。


            ☆


 午前中はシルビアさんの講義、午後は実践訓練。

 帰って図案の模倣。時々、本を借りにディアンの本小屋へ。


 そんな生活をどのくらい続けたかな。


 シルビアさんが私を見て考え深そうに言った。

「召喚魔法を使ってみようか」


 ディアンが驚いた顔でシルビアさんを見る。


「先生、リンは——」

「これだけ出来れば十分だろう。ディアン、君は彼女が使う支援魔法を習得するのに、どのくらいかかった」

「……半年はかかりました」


 ——え?


 驚愕したのは私の方だ。

 ここに来て、日付の感覚がくるってたけど、どう数えても二ヶ月くらいしか経ってないはずだよ。


「リン。明日にでも召喚魔法を使ってみよう。はっきり言おう。召喚魔法は卒業試験と同じだ」


「卒業試験ですか?」


「そう。ディアンが学園に残ってるのは、リン。あなたが居たからだよ。あなたを除いても、彼はすでに二体のガーディアンを持っている。十分に職業魔法使いとしてやっていける」


 私は思わずディアンを振り返る。

 彼は少し苦い顔で私を見た。


「心配するな、ディアン。すぐに彼女を討伐に放り込んだりしないよ。当たり前だが、徐々に慣れてもらう。君は君で、彼女と組む時と、一人でこなす時、二つのパターンを覚えていかねばならない」


 ディアンは息をついて頷いた。

「では、明日。午前中に召喚魔法の講義を行い、午後に召喚だ。本日はここまで」

 そう言ってシルビアさんは、私に笑いかけた。

「心配はしてない。リンは優秀過ぎるくらい、優秀だ」


 その日の帰り。

「リン。悪いんだけど、今日は一人で帰ってくれない?」

 ディアンがそう言った。

「いいけど?」

「俺、少し寄りたい所があるから、遅くなる。ララにそう伝えておいて」


 彼はそう言うと、アイアン家に向くのとは反対方向の馬車に乗っていった。

 なんだか、そのまま帰る気になれず、私は学園の周りを歩いてみる。

 たしか、一時間後にまた馬車が出るはずだから。


 一人であの伺うようなチラチラ目線に耐えるのかぁ。

 まあ、仕方ないけど。


 卒業試験か。

 なんとも早い展開で正直、戸惑う。


 ボンヤリ歩いてたら、剣士達が訓練しているのを見かけた。

 魔法学園と剣士の訓練場は近かったみたい。


 少し坂になった芝生に座って、剣士の人達の訓練を眺める。

 アーチェリーとも剣道とも違うんだな。

 ライアンも、何処かにいるのかな。


「こんな所で何をしてるんだい?」


 笑いながら話しかけて来たのは、すんごいイケメンだった。

 なんていうの?

 正統派の二枚目っていうの?


 柔らかそうで量の多い金髪、碧眼。鼻は高く、凛々しい口元をしてる。

 背が高くて、肩幅は広い。足も冗談みたいに長い。

 その男性はベージュのシャツブラウスに黒い細身のズボンで、腰に剣を下げていた。剣士の人なんだな。


「ええと、少し見学を」

 なんて答えていいか分からなくて、思わずそんな事を言った。


「見学なら、下まで来ればいいのに。君はリンちゃんだろ? 叱られたりしないと思うよ」


 私が目を点にしていたら、彼は朗らかに笑った。

「ライアンの話通りの子だったから、すぐ分かったよ。僕はバーミリアン。ミリアンって呼んでくれていいよ。ライアンの同僚だ」


 そうか、ライアンの。ホッと胸をなでおろす。

 魔法使いだけじゃなくて、剣士にまで顔が知れてるのかと思って暗澹とする所だったじゃない。


「君はディアンが召喚したんだろ?」

 やっぱ知れてんじゃないかな。

 うゔ。


「そうです」


 彼は、しみじみ私を見た。

 この世界の人って、ほんと、しみじみ見るよね。

 誰にでもそうなのかな。


「本当に女の子なんだな」

「なんですか、それ。幻獣みたいなの想像してましたか?」

 ミリアンさんは、面白そうに笑った。


「ごめん、そういうつもりじゃなかったんだけどね。ちょっと、君には興味があってさ。会ってみたかったんだ」


 そうでしょうとも。

 魔法使いの人達にチラチラ見られて、少しだけ慣れた。

 まるでパンダかコアラよね。


「あのライアンが、女の子に声をかけるの止めたからね」


 彼は含んだ笑みで私を見る。

 なんだろう。

 私はべつに、そのことでライアンに何か言ったりしなかったと思うけどなあ。

 いい癖だとは思わないけど。


「それは良かったです。あの癖だと、いつか女性に刺されそうですからね」

「あれは煙幕だからね。刺されることはないだろうけど。まあ、何で止めたかは分かった気がする」


 彼は私の隣に座りながら、そんなふうに言った。

「煙幕ですか?」

「ああ。アイアン家はね、代々、国の軍部と深く関わる子爵の家なんだよ。ライアンはその跡取りなわけだ。将来安泰な結婚相手に女性が群がってくるんだな」

「……はぁ。それは、大変そうですね」


 ミリアンは、疲れたように頷く。

「実際、面倒なんてもんじゃないと思うね」

「ミリアンさんも群がられてるわけですか」

「ミリアンでいいよ。まあね。そのせいかな。女性に媚を売られるとゾッとする」


 酷い言い様だとは思うけど、それだけ嫌な目にあったってことなのかな。

 剣士だし、物腰からも貴族なんだろうと見当がつくし。

 おまけに正統派のイケメンときては、そりゃ、女性が放っておくわけがないか。








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