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愛が重すぎてすぐフラれる超絶美少女ですが、転校生にとってはちょうどいいそうです  作者: あとりえむ


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2/8

第2話

「──本日から、このクラスに転校生が来る」


 教室の前に立った教師がそう告げた瞬間、あちこちから声が上がった。


「転校生?」


「この時期に?」


「どんな人なんだろう」


 昨日の放課後に告げられていた話とはいえ、実際に今日やって来るとなれば気になるらしい。


 けれど。


 ミザールにとっては、どうでもよかった。


 机に頬杖をつき、窓の外を見る。


 朝の光が校舎を照らしている。


 いつもなら気持ちのいい景色のはずなのに、今日は何も感じなかった。


 昨日のことが、まだ胸の奥に残っている。


『君の愛は、重すぎる』


 思い出すだけで、胸がきゅっと縮む。


 そして、同時に足元の石畳が沈んだ感触まで蘇ってくる。


 まただ。


 また、好きな人を傷つけた。


 だから。


 もう誰も好きにならない。


 昨日、そう決めた。


 今はそれだけでいい。


「入ってきなさい」


 教師の声に、ミザールは視線を教室へ戻した。


 扉が開く。


「アルコルです。よろしくお願いします」


 一人の少年が入ってきた。


 ざわめきが、一瞬だけ小さくなる。


 整った顔立ち。


 すらりとした体つき。


 身につけているものにも品があり、一目で普通の家の出ではないことが分かる。


「辺境伯家の……」


 誰かが小声で呟いた。


 なるほど。


 だからこの時期に転校してきたのか。


 そんな声が続く。


 けれど、当の本人は周囲の反応を気にする様子がなかった。


 緊張しているわけでもない。


 誇らしげでもない。


 ただ、淡々としている。


 その表情に、ほとんど感情が浮かんでいない。


 ミザールは、なんとなく彼を目で追った。


 そして──ふと、眉を寄せる。


「…………?」


 何かがおかしい。


 アルコルだけ。


 色が薄く見える。


 窓から差し込む朝の光も。


 教室の机も。


 制服も。


 すべてはいつも通りなのに。


 彼の周囲だけが、薄い灰色の膜に覆われているようだった。


 気のせいだろうか。


 ミザールは窓の外を見る。


 青い空。


 白い雲。


 朝日に照らされた木々。


 鮮やかな色が目に入る。


 そして、もう一度アルコルを見る。


 やっぱりだ。


 彼だけ、少し違う。


「……変なの」


 小さく呟いた声は、誰にも届かなかった。



 ◇ ◇ ◇



 昼休み。


 ミザールは一人で廊下を歩いていた。


 教室にいても、昨日のことを思い出してしまう。


 だから、人の少ない場所へ逃げるように歩いていた。


 誰とも話したくない。


 今は、誰かの優しささえ怖かった。


 優しくされたら。


 また期待してしまうかもしれないから。


「…………」


 そんなことを考えていたときだった。


「あ」


 前方から、一人の少年が歩いてくる。


 今朝の転校生──アルコルだった。


 彼も一人だった。


 ミザールは少しだけ横へ避ける。


 目が合う。


 けれど、アルコルは何も言わなかった。


 そのまますれ違おうとした。


 その瞬間。


 ふわり、と風が吹いた。


「……?」


 アルコルの髪が揺れる。


 そして。


 彼の足元が──浮いた。


「…………え?」


 ミザールは足を止めた。


 見間違いではない。


 靴底が床から離れている。


 ほんの数センチ。


 アルコルの身体が、宙に浮いていた。


「…………」


 アルコル自身も、自分の足元を見る。


 けれど。


 驚かない。


 慌てもしない。


 まるで、こうなることを知っていたかのように、静かに自分の身体を見下ろしている。


「ちょっと……!」


 ミザールの声に、アルコルが顔を上げる。


 その間にも身体は少しずつ浮いていく。


 数センチ。


 十センチ。


 さらに。


「アルコル!」


 気づけば、ミザールは駆け出していた。


 何を考えたわけでもない。


 ただ。


 このままでは危ない。


 その思いだけだった。


 伸ばした手が、彼の手首を掴む。


 ──ずんっ。


「……っ!」


 今度はミザールの身体が床へ沈んだ。


 靴底の下から、嫌な軋みが伝わってくる。


 けれど。


 アルコルの身体は止まった。


 ふわふわと宙に浮いていたはずの身体が、まるで見えない糸で地面につながれたように静止する。


「…………」


「…………」


 二人の間に、妙な沈黙が落ちた。


 やがて。


「……浮かない」


 アルコルが呟いた。


「え?」


「君につかまれていると、浮かない」


 ミザールは、自分の手を見る。


 彼の手首を、しっかりと掴んでいる。


 確かに。


 アルコルはもう浮いていない。


「どういうこと……?」


「分からない」


 あまりにも迷いのない答えだった。


「僕は最近、身体が軽くなっている」


「軽く……?」


「最初は気のせいだと思っていた」


 アルコルは自分の身体を見下ろす。


「でも、最近は普通に歩くことさえ難しい」


 ミザールは言葉を失った。


 身体が浮く。


 そんな異常なことが起きているのに。


 彼は怯えていない。


 怒ってもいない。


 困っているようにさえ見えない。


 ただ。


 事実を話している。


「それで……この学園に来たの?」


「うん」


 アルコルが頷く。


「家族は、同年代の人間と過ごせば何か変わるかもしれないと思ったらしい」


「何かって?」


「感情」


 その一言だけが、不思議なくらい重く聞こえた。


「感情……?」


「僕は最近、何を見てもあまり何も感じない」


 アルコルは窓の外へ視線を向ける。


 そこには、青い空が広がっている。


 普通なら。


 綺麗だと思うだろう。


 気持ちがいいと思うだろう。


 けれど、アルコルは何の感想も口にしない。


「楽しいとも思わない」


 静かな声が続く。


「悲しいとも、怒りたいとも思わない」


「…………」


「だから、世界が少しずつ色を失っているように見える」


 ミザールは、アルコルの横顔を見つめた。


 朝、彼だけ色が薄く見えたのは。


 気のせいではなかったのだ。


 けれど。


 それなら、どうして。


 そんな状態なのに、この人はこんなにも静かでいられるのだろう。


 怖くないのだろうか。


 寂しくないのだろうか。


 ──いや。


 寂しいという感情そのものが、もう薄れているのかもしれない。


 そう考えた瞬間。


 ミザールは少しだけ胸が痛んだ。


 自分とは、正反対だと思った。


 自分は感じすぎる。


 好きになれば、好きになっただけ。


 嬉しければ、嬉しいほど。


 感情が身体にまで溢れてしまう。


 だから重くなる。


 誰かを困らせる。


 そして、最後には捨てられる。


 なのに、この人は。


 何も感じないから、身体から重さまで失っている。


 まるで。


 二人の身体が、正反対の場所にいるみたいだった。


「……でも」


 ミザールは、まだ彼の手首を掴んでいる自分の手を見た。


「今は浮いてないよ」


「うん」


「私がいるから?」


「たぶん」


 アルコルがミザールを見る。


 その瞳は静かだった。


 けれど、先ほどまでとはほんの少しだけ違っていた。


 何かを見つけたような。


 確かめるような。


 そんな視線。


「君に触れていると」


 アルコルが言った。


「少しだけ、色が戻る」


「え……?」


 ミザールは目を瞬いた。


「何の色が?」


「全部」


 アルコルは窓の外を見る。


「さっきまで灰色に近かった空が、少し青く見える」


 ミザールもつられて空を見た。


 青い。


 いつも通りの空だ。


 なのに。


 なぜか、少しだけ違って見えた。


「…………」


 自分の重さが。


 この人にとっては、必要なものなのだ。


 昨日まで。


 それは誰かを傷つけるものだった。


 好きになるほど重くなって。


 大切にしたいと思うほど、相手を苦しめる。


 だから、もう誰も好きにならないと決めた。


 なのに。


「だから」


 アルコルが言った。


 ミザールの思考を遮るように。


「もう少し、このままでいてほしい」


 胸が、どくんと鳴った。


 ミザールは慌てて視線を逸らした。


「…………分かった」


 声が少しだけ上ずった。


 変な期待をしてはいけない。


 この人は困っているだけだ。


 自分が必要だから、そう言っているだけ。


 分かっている。


 分かっているのに。


 手首を掴んだままの手が、妙に熱く感じられた。



 ◇ ◇ ◇



 放課後。


 二人は、人の少ない校舎の一角にいた。


 ミザールは、まだアルコルの手を離していない。


 離したら。


 また浮いてしまうかもしれない。


 それが心配だった。


 それだけのはずだった。


 なのに。


 アルコルの手首から伝わる感触を意識するたび、胸が落ち着かなくなる。


 昨日、もう恋なんてしないと決めたばかりなのに。


 こんなふうに誰かのことを気にするなんて。


「ミザール」


「なに?」


 呼ばれて顔を上げる。


 アルコルが、まっすぐこちらを見ていた。


「お願いがある」


「お願い?」


「僕と付き合ってほしい」


「…………え?」


 一瞬。


 言葉の意味が理解できなかった。


「つ、付き合うって……?」


「恋人になってほしい」


「…………」


 頭が真っ白になる。


 昨日。


 振られたばかりだ。


 そして今日。


 転校してきたばかりの男の子から。


 恋人になってほしいと言われた。


「どうして……?」


 ミザールは、ようやくそれだけを尋ねた。


 アルコルは少しも迷わず答える。


「君と一緒にいると、僕は地面にいられる」


「…………」


「それに」


 彼の青い瞳が、ミザールを映す。


「君に触れていると、世界に色が戻る」


 その言葉が、胸の奥に静かに落ちた。


「だから、君が必要なんだと思う」


 必要。


 その言葉に、ミザールの心が揺れた。


 昨日まで。


 自分の「重さ」は、必要とされるどころか、捨てられる理由だった。


 好きになればなるほど。


 相手を大切に思えば思うほど。


 自分は重くなって。


 最後には「もう無理だ」と言われる。


 なのに。


 この人は。


 その重さを必要だと言っている。


「……私、重いよ?」


 確かめるように、ミザールは言った。


「知ってる」


「椅子とか、壊すよ?」


「そうみたいだね」


「床だって、割れるし……」


「さっきも割れた」


「…………」


 ミザールは俯いた。


 やっぱり恥ずかしい。


 普通の女の子なら。


 好きな人と一緒に歩いて、手をつないで。


 そんな普通の恋ができる。


 でも自分は違う。


 嬉しくなるだけで身体が重くなる。


 好きになれば、もっと重くなる。


 だから。


「それでもいいの?」


 声が、少し震えた。


 もしここで。


 やっぱり無理だと言われたら。


 きっと、また傷つく。


 でも。


 アルコルは迷わなかった。


「うん」


 短い返事。


 それから、静かに続ける。


「僕にとっては、その重さが必要だから」


 ミザールは顔を上げた。


 アルコルは、まっすぐ彼女を見ている。


 そこに、嘘はない。


 少なくとも。


 彼は本気でそう思っている。


「…………私で、いいの?」


「君がいい」


 胸が、大きく鳴った。


 嬉しい。


 その感情が、身体の奥から膨らんでいくのを感じる。


 怖い。


 このまま好きになったら、また重くなるかもしれない。


 また相手を困らせるかもしれない。


 昨日までなら。


 きっと、その恐怖に負けていた。


 でも。


 今、目の前にいる少年は。


 自分の重さを嫌わない。


 むしろ。


 それを必要だと言ってくれる。


 だったら。


 ほんの少しだけ。


 信じてみてもいいのかもしれない。


「……分かった」


 ミザールは小さく頷いた。


「私でよければ」


 アルコルの表情は、ほとんど変わらなかった。


 けれど。


「ありがとう」


 その声は、昨日聞いたどんな言葉よりも優しく聞こえた。


 ミザールは、そっと笑った。


「こちらこそ」


 こうして。


 恋をしないと決めた翌日に。


 ミザールには、新しい恋人ができた。


 けれど。


 このときのアルコルは、まだミザールを愛していたわけではない。


 彼にとって彼女は。


 空へ消えてしまいそうな自分を、この地上につなぎ止めてくれる存在。


 世界から失われかけていた色を、わずかに取り戻してくれる存在。


 そして。


 決して手を離してはいけない──


 大切な「命綱」だった。

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