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2話 安産祈願

「アラト君、緊急事態です。」


「……なに?」


「無病息災の御守り、売り切れだそうです。」


「……そう。」


「なので安産祈願に切り替えます。」


「おいおいおいおい、待て待て待て待て。」


 巫女さんがちょっと困った顔をした。


「えっと……どなたが?」


「彼です。」


「俺?!」


なんでだよ。


「キクエさん?」


「大丈夫です。」


「何が?!」


「健康と安産は似たようなものです。」


「いやそうかもだけど?!」


巫女さんが笑いを堪えてる。


やめてくれ。

俺を見ないでくれ。


「はい、これです。」


キクエが差し出してきた御守りには、しっかりと『安産祈願』と書かれていた。


「……。」


「……。」


「いや、どうしろと?」


「持ち歩いて下さい。」


「だから俺は産めないんだって。」


「世の中には常識で測れないこともあります。」


「お前の頭の中だよ!それは!」


キクエは昔からこうだ。

折れない、曲げない、止まらない。


さらに、とある事件がきっかけで、やたらと俺に縁起物を持たせるようになった。


御守り。

塩。

水晶。

謎の木札。


この前なんか二十キロくらいある石を持ってきた。


『パワーストーンです。』


とか言ってた。

帰宅する頃には腕が終わってた。


「そんなことより。」


「いや、そんなことじゃないが?」


「今日はこの神社に祀られている人魚のミイラについて調べます。」


「アーハイハイソウデスネー。」


「田中くんに言われて少し調べました。」


キクエはスマホを取り出し、画面を見せてくる。


『南雲神社に眠る人魚のミイラ!』


『見ると呪われる!?』


『深夜に笑い声が――』


「絶対ロクでもないサイトだろ。」


「口コミ評価は星4.2です。」


「ナニ、口コミって。」


境内は静かだった。


風が吹く。

鈴の音が小さく鳴る。


夕方前の神社っていうのは、なんというか妙に空気が重い。


「ちなみに。」


キクエが声を潜めた。


「この神社、昔から神隠しの噂があるそうです。」


ピクッと肩が揺れる巫女さん。


「巫女さんいるからやめとこうね?」


「あと、夜中に人魚の鳴き声が。」


「なんで人魚の鳴き声ってわかるんだよ?」


「あと井戸から手が。」


「井戸どこにあるんだよ。」


「あと社の裏で白い女が。」


「白い服着てる人じゃね?」


「興味ないんですか?」


「帰りたい。」


本音だ。


するとキクエは、すっと目を細めた。


「……アラト君。」


「なに。」


「後ろ。」


「その手のやつ絶対見ない。」


「違います。」


「じゃあなに。」


「猫です。」


「猫かよ。」


振り返る。


黒い猫がいた。

境内の端。

古びた石灯籠の上。

じっとこっちを見ている。

覗き込むような気がしたのは気のせい?


「……。」


「かわいいですね。」


「そうだな。」


黒猫はゆっくり瞬きをすると、そのまま社の裏へ歩いていった。


キクエの目が輝く。


「あれは導きです。」


「違うと思う。」


「行きますよ。」


「嫌な予感しかしない!」


俺の腕を掴み、キクエはずんずん進む。


社の裏。

木々が急に深くなる。

空気が少し冷たい。

足元に落ち葉が積もっている。

猫は奥へ奥へ進んでいく。


「なぁキクエ。」


「なんですか。」


「帰らない?」


「もう遅いです。」


「何が?!」


その瞬間。


ガタン。


どこかで音がした。


古い木が揺れる音。

俺は肩を震わせる。


「……今の何。」


「たぶん風です。」


「“たぶん”って?」


キクエは真顔だった。


やめろ。

不安になる。


すると。


ぎぃぃぃ……。


奥にあった小さな社の扉が、ひとりでに開いた。


「…………。」


「…………。」


「帰ろう、キクエ。」


「行きます。」


「なんで?!」


こいつ、絶対いつか痛い目見る。


いや。


たぶん俺が酷い目に合う。

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