12話 ポチと婆さん
「ほら、アイス。」
「ありがと。」
「ありがとうございます。」
鈴木の婆ちゃんの家。
俺とキクエは並んでアイスを食べていた。
「懐かしいねぇ。」
「そうだね、久しぶりかも。」
婆ちゃんが笑う。
「昔は毎日のように来てたもんねぇ。」
「毎日ではないよ。」
「毎日みたいなもんだよ。」
そうだろうか。
隣を見る。
キクエは黙々とアイスを食べている。
「ポチも喜んでたよ。」
「……。」
ポチ。
さっき見た犬小屋。
昔は俺たちが来るとすぐに飛び出してきた。
キクエはよく撫でていた。
俺はよく追いかけられていた。
「新人ちゃんはよく靴取られてたねぇ。」
「それ俺も思い出してた。」
「アラト君が逃げるからです。」
「逃げるだろ。普通。」
「ポチは遊んでいただけです。」
「俺の靴で?」
「はい。」
「迷惑な遊びだな。」
婆ちゃんが笑った。
キクエも笑っている。
懐かしい。
それから昔の話をした。
学校のこと。
この辺りにあった駄菓子屋のこと。
ポチのこと。
特別な話じゃない。
ただの昔話。
アイスを食べ終わる。
「ごちそうさま。」
「ごちそうさまでした。」
「またいつでもおいで。」
「うん。」
「また来ます。」
玄関を出る。
庭の古い犬小屋。
また。
キクエが止まる。
「……。」
「キクエ?」
「アラト君。」
「ん?」
キクエは犬小屋を見ている。
「ポチがいます。」
「……。」
「……。」
「え?」
「ポチです。」
「いや。」
犬小屋を見る。器に盛られたドッグフード。
ただ、何もいない。
「ポチって、あのポチ?」
「はい。」
「……いつものやつ?」
「はい。」
キクエは、たまにこういうことを言う。
何もないところに向かって、ここに男の子がいる。とか。それが転じてオカルト好きになったんだろう。たぶん。
もう一度見る。
何もいない。
「どこ?」
「ご飯の前です。」
「……見えない。」
「そうでしょうね。」
別に悔しくない。
キクエが犬小屋へ近付く。
しゃがむ。
じっと何かを見ている。
「……ポチ。」
手を伸ばす。
少しだけ止まる。
それから。
ゆっくり手を動かした。
「触れんの?」
「いいえ。」
「……。」
「でも喜んでいます。」
「……そっか。」
「変ですか?」
「だいぶ。」
キクエの顔を見ていると、嘘をついているようには見えない。そもそも、こんな嘘をつく理由もない。
「……元気そう?ってのも変な話だけど。」
「はい。」
キクエが笑う。
「昔と変わりません。」
「そっか。」
それなら。
まあ、いいのか。
いいのか?
翌日、いつものようにキクエと合流。
「鈴木の婆さんとこ行かない?」
「いいですけど、どうしました?」
「ん、いや。ちょっとね。」
鈴木の婆ちゃんの家の前。
「まだいる?ポチ。」
「はい。」
キクエに、昨日買った犬用おやつを渡す。ポチが好きだったやつ。
「え?」
「俺には見えないから。キクエがあげて?」
キクエが驚いたように俺を見る。
それから。
「……うん!」
笑った。
ジャーキーを持って犬小屋へ行き、しゃがむ。
袋から一本。
「ポチ。」
俺には何も見えない。
キクエが何もないところへジャーキーを差し出しているだけ。
しばらくして。
「食べてます。」
「それ食えんの?」
「食べてます。」
「……そっか。」
どういう仕組みなんだろう。
まあ、いいか。
「いくか。」
「はい。」
二人で婆ちゃん家に背を向けて、歩き出す。
少し歩いた、その時。
「わん!」
「……。」
足が止まる。
振り返った。
鈴木の婆ちゃんの家。
古い犬小屋。
だが、何もない。
「アラト君?」
「……いや。」
「?」
「なんでもない。」
また歩き出す。
「……なあ。ポチって死んでからずっとあそこでいるのかな。」
「たぶん、この時期お婆さんがご飯を用意してくれるからだと思います。」
「この時期だけ?」
「ええ。普段はいません。」
「そっか。食い意地張ってたもんなー。ポチ。」
そう言って、二人で笑いながら歩いた。




