29話:毒の霧
クリムと目を合わせた後、二人で扉をゆっくりと押した。
扉は重々しい見た目に反して簡単に開き、ゲームでよく見たボス部屋そのものという感じの部屋に出た。
「っ……なんですか、この匂い。」
部屋に入ると頭が痛くなるほどの甘い香りに満ちていた。
クリムは鼻を覆い匂いに対して不快感を持っているみたいだ。
それにしてもこの部屋は暗い。火球で光を発しているはずだが一切先が見えない。
(こんなことってありえるか……?)
「……っ!クリム!すぐに部屋から出るんだ!」
"バタッ……"
俺が警告した時には既に遅く、クリムは息を切らして倒れてしまった。
毒だ。
この部屋に充満していた匂いはある生物の生み出す特有の毒の匂い。
この暗闇に意識するまで失念していた。
毒性のある霧を生み出すことが出来る魔物がいた。
カラカラと岩と硬い殻が高速でぶつかり合うことが響いた。
硬質な脱皮殻を背負い、甲殻類のような見た目をしたヤドカリが如く姿の魔物は ベントクラブだ。
ほとんど全ての生物にこいつは天敵となるだろう。
「チッ……なんでこんな中央大陸の端にお前なんかがいるんだよ。」
本来ベントクラブは魔大陸由来の魔物だ、こんなのがここにいるなんておかしい。
これは本格的に調べないとまずいな。
隔絶空間
とりあえず、クリムは毒の影響のない結界内に保護する。
(クリムを早く解毒しないといけないな……。)
「悪いが時間が無い。殺してやるから早くかかってこい。」
俺が殺気を放つとベントクラブは興奮気味に突っ込んできた。
飛んで火に入る夏の虫。と言うのはこのことだろうか。
影の触手
影を伸ばした十本の触手がベントクラブを拘束する。
暴れ回る場合は締め付けを強くし、動かなくなったら 雷王の咆哮 で焼き尽くす。
その場には毒の霧とは別に焼きガニみたいな香ばしい匂いが広がった。
まるで数分で終わる簡単クッキングみたいだった。
結界内に入るとクリムは苦しそうに息切れを起こしており、毒が相当体に回っているように見えた。
「ちょっと痛いけど我慢してくれよ?」
クリムの持っていた短剣でクリムの指を切りつけて、流れた血を舐める。
自分でも気にしているから、決して変態呼ばわりしないで欲しい。
毒の成分を調べて解毒するためには必要な手順なんだ。
まぁ、想像通りベントクラブが作ってる生物性の毒だったな。
「生命の神よ 我の命に応じ力をお貸しください」
解毒
俺は昔から病気にもならないし、毒も効かない。
エルに聞くと「パパも同じ体質だったから遺伝したんだと思う。」ということだった。
毒が効かない体というのは便利で、一回毒を取り込むと意識しなくても毒の成分が理解できるようになる。
そのおかげで新たに"解毒魔法"を作れたほどだ。
「うぅ……。」
血色も良くなって徐々に回復しているのがわかる。とりあえず一安心だろうか。
「あの、アルタロム様。
どうして私の指をその……舐められたのでしょうか?」
ほら、絶対聞かれると思った。
頭ん中で整理しといてよかったね。
「解毒するために一度毒を取り込む必要があるんだ。血を取り込むのが一番手っ取り早いんだ。
ただ、勝手にやって悪いとは思うよ。」
「解毒魔法なんて聞いたことがありませんが、これはまるで天使の魔法のようですね。
体の中で毒が浄化されていることがわかります。」
良かった。変態呼ばわりはしない子だった。
前に奴隷の子に同じことをしたら怯えられたのを思い出した。
その後は「どうして毒が聞かないのか」とか色々聞かれて正直に答えてしまった俺は馬鹿だったな。
この子もそういったことを聞けば最悪殺されてしまうってことを自覚しているんだろうか。
「解毒と治癒は終わったよ。
じゃあ、外の毒霧はベントクラブを始末してくるね。」
「まだ倒していないんですか!?」
そんなに驚かないでくれ、イフが合流してないんだそりゃ倒していない。
「俺が外に出たら風魔法で霧を晴らすから、クリムはあっちのイフのいる部屋に向かってくれ。
あ、結界はクリムを中心にして動くから安心してね。」
ぽかんとしてないで早く動き出して欲しいな。
結界を動かすなんてこと簡単に出来る。
強い敵を相手にしている時は別だが、今回はもう弱った魔物だ。そんなことは他愛ない。
「さぁ、じゃあそろそろ行くよ。」
「は、はい!」
俺が結界の外に出ると、クリムは俺が指さした方向に走り出した。
「風の神よ 我の命に応じ力をお貸しください」
突風
突風を発生させると毒霧は発散し、結界の光が部屋中に広がった。
「じゃあ、辛い思いさせてごめんな。」
焼け焦げて再起不能になっているベントクラブにトドメをさして、俺は急いで二人の方に飛び込んだ。
「アルタロムさん!」
目を開くと、夕焼け空の下でクリムが俺を覗き込んでいた。
「頭を打っていないですか?」
「大丈夫、驚かせたね。それよりもイフは?」
クリムが指を差した方を見ると、イフは横になって深く寝入ってしまっていた。
「毒を受けている様子も、怪我をしている様子もないね。
あの状況で爆睡できる図々しさは見習うべきかもしれないな。」
イフは目の下が腫れていた。多分だが暗闇で泣いて泣いて、泣き疲れて眠ってしまったんだろう。
守護者の部屋の奥の部屋だったことから魔物もいなかっただろうし、パニックを起こして最悪なことになる前に眠ったのは結果としては良断だったと思う。
「とりあえず、帰ろうか。
お互い、イフが眠っていて良かったな。」
「え……?あ、あぁぁ!?」
イフのポーチからブレスレットを取り出すクリムの頭を指さして言うと、本人も頭の染料を落としたのを忘れていたように隠し始めた。
最終的に俺のブレザーを頭から被せるという蛮行に走ったが、帰宅後に誰からもツッコミがなかったことに驚いた。




