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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第三章
155/156

155 親代わりの来訪者(4)

 千尋は子矢のそんな小賢しさに、更に当惑する。

 ただ当惑したということは、男女の仲に多少は関心がある証拠と、暗に認めている。

 千尋だって恋愛に興味が無いわけじゃない。

 特殊な環境下に置かれたとはいえ、十五歳の男の子。

 第二次性徴期もあって、無関心でいられるほうが珍しい年頃だ。例え、生物としての遠慮を孕ませていたとしても。


「それは、映画のラブロマンスのような、アレですか?」

「ははは。アレ、だね。他にもラブコメディーや青春群像劇の常套句のある映画やドラマでも良いな」

「ああ……なんかそっちの方が、イメージしやすいかも」

「まあ千尋くんの年頃なら、ね。個人的には、そういう初々しい物語は観ていて応援したくなるから、結構好みなんだ」

「へぇ……」

「でも、歳を重ねるにつれ、そーいう物語を観るのはなんだか、肩身が狭くなってね……だからこうして、若い子の主張に耳を傾ける機会は貴重だ。そーしないと、人って老けてしまう一方なんでね。困った困った」


 老けるどころか、幼少期の頃とほとんど変化がない童顔っぷりだと内心思ったが、千尋は言い返せなかった。なんだか別の地雷原を踏みそうだったのもあるけど、彼自身の気持ちが悟られることの羞恥心が邪魔したせいだ。


「……どうしても、答えなくちゃいけませんか?」


 その千尋の問い掛けに……子矢は頷かず、かぶりを振る。

 予想外の反応にパチクリしていると、いつぞやの保護者代わりのときと同じように、大人から子どもへと教える。


「……いいや。千尋くんがそうやって言い渋っている様子だけで、ああこの島民に意中の子がいるんだなって思ってる」

「渋ったわけじゃないです……」

「ふ……まあそういうことにしとこうかな? というかこんな質問しなくても、千尋くんが誰に想いを寄せているのかくらい、予想は出来るんだけどね?」


 ちゃぶ台に頬杖をつきながら、子矢はニマリと断言する。

 まるで他人の恋慕を揶揄うかのように。


「じゃあ訊かないで下さいよ。そういうのは僕じゃなくて、伊波奈とかの方が適任ですからね」

「伊波奈ちゃん? ああそういえば、その手の作品をたくさん要望してたね」

「はい。今の子矢さんと同じか、それ以上に恋愛の話になると目を輝かせるので」

「へぇ? それは良いことを聴いたよ。あと伊波奈ちゃんにも今度逢ったときに話を振ってみようかな?」

「はい。僕よりも、面白い話が交わせると思います」

「ん? ああいや、そのことだけじゃないよ——」


 不毛にもなりそうな恋愛話を逸らすための返答を、またもや子矢がかぶりを振って否定する。正しくは一部を否定しただけだが、どちらにせよ本来の意図が伝わっていないと言いたい。


「——今ね、千尋くんが伊波奈ちゃんの名前を挙げたじゃない?」

「えっとそれが……」

「伊波奈ちゃんもこの島に住んでいる女の子で、好きな子は誰かの問い掛けの対象に含まれている子だ。なのに躊躇なく名を挙げたということは……千尋くんがこの島の女の子の中で、もちろん恋愛対象としての一番は、少なくとも伊波奈ちゃんじゃ無いんだなってことが分かったかな?」

「……っ!」

「邪な推測でしかないがね」

「……良いことを聴いたっていうのは、そういうこと」

「まあね。自分が中高生の頃はこうやって友達を揶揄して、本心を詳らかにしようと悪知恵を働かせたものだ。いやー大人になっても使えるものだな……なーに、こういうのも学びだよ。千尋くんも覚えておくと良い」


 どこか子ども染みたように満足げに、寛ぎながら子矢は口元を弛緩させる。そんな子矢とは対照的に、千尋は浮かない表情で俯く。それは伊波奈が一番じゃないと指摘されたことじゃなくて、もっと男女関係の延長線上にある懸念への憂慮を掘り返してしまったからだ。


「そんなときがあればいいですね、僕たちに……」

「……何か、気がかりなことでもあるのかい?」


 物憂げな姿に、流石の子矢も気付く。

 お節介な大人から、役員モードに切り替わる。


「そもそもですよ子矢さん。僕たちのような子が、子矢さんが言うように恋愛なんてして、良いんですか?」

「……詳しく、言ってみてくれるか?」

「だって僕たちは、本土の他人たちから蔑まれ、疎まれているわけですよ? このまま大人になれるのかどうかも分からないのに、悠長だとも、思ってしまうんです」


 千尋が押し黙った本当の理由は、彼自身の羞恥心よりも寧ろ、発現能力への懸念だ。例えば千尋たちがこのまま成人したとして、恋愛感情が身を結ぶようなことがあるとする。そんなことが現実になれば、幼少期から信頼し合った男女の結実なわけで、祝福をしないはずがないだろう……人工島に隔離される身体じゃなければ。

 その身体は島民としても、政府管制課を含めた本土の人間としても未知数で、未だに危険因子の器に閉じ込めた子たちだ。それなのに普通の恋愛なんて、生活なんて許されない……ましてや危険因子が遺伝するような事態になれば、彼ら彼女らは自身を更に責め立てることだろう。

 以上が千尋は無論なこと、人工島に住まう全員の共通認識となる。だからこそ、件の伊波奈のように恋愛に興味津々な子こそ居れど、積極的に、真面目に、他者へ気持ちを直接伝えないようにしている節がある。


「んー……別に良いじゃないのかな?」

「え……ですが子矢さん——」


 千尋の懸念とは裏腹に、子矢はあっさりと肯定する。


「——だってそうだろ? 千尋くんの言いたいことを、政府管制課の役員としての視点を照合するとね……君がその心配をすると、変に勘繰ってしまいそうになる」

「勘繰る……?」


 しかし、ここに来て子矢の抑揚が様変わる。

 先ほどまでの子どもの機嫌を損ねない親の優しさのような声音が、冷ややかになってしまう。


「もう一度。同じことを訊くけど、君たちは体調不良になることはあれど……他のみんな、何事もないんだよね?」

「……っ」


 その質問に、いや詰問に、千尋は答えられない。

 だってその先は、許容外の嘘を吐かなければならないから。真実こそ、都合が悪いから。


「そう例えば、十五年前の科学者が提唱した異能力が発現した……みたいなことだ。我ら政府管制課は、それがただのイレギュラーであると、このままなら結論付けようとしている。でないと最悪、君たち全員の命を、この人類史に葬ることになるだろうからね。個人的にもそれは是が非でも阻止したい……阻止したいが、所詮自分はただの役員で、決定権は親元というか、君たちのために作られた、世界政府にある。だから千尋くんが大人になれるか分からないなんて言うとね………………隔離生活の不満の他に、我々にとって不都合な事態が発生しているのではないかと、つい疑ってしまうんだ。さあ、どうなんだい?」


 子矢は政府管制課の役員である冷酷さと、保護観察役だった過去の触れ合いによる慈悲が交錯する問いを投げ掛ける。瞬きすら忘れているんじゃないかってくらい千尋のことを眉を顰め、何食わぬ顔を装いつつ、凝視しながら。

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