156 親代わりの来訪者(5)
嗜めるように見つめられた千尋は、背筋を意図的に崩し、物腰柔らかな表情に変える。虚勢を張る。これから告げる嘘を、対峙する子矢に悟られないように、悟られたとしても黙殺させるように。
「……何を言っているんですか、子矢さん。その、異能力? なんてものがあれば、こうやって髪の毛を遊ばせたり、今日やったことだとゲームの大会を開催したり、ギターを弾き語ったりする余裕はありませんよ?」
「……確かに。千尋くんもカッコよくなってるね……ああそうか、ならいいんだ——」
さらりと息を吐いて、子矢は強張った顔持ちが破れる。
まるで千尋の発言によって安堵したと、遠回しに伝えるように。
「——おっと。もしかしてそろそろ就寝の時間になってしまうか?」
「えっ? ああ……子矢さんが駐在きていた頃の時間軸なら、おそらく。まあ今では、夕食の後くらいですよ」
「ほぉ……ん? げっ! じゃあ千尋くん、まだご飯食べてなかったりする?」
「はい。先に用件を済ませたあとでいいかなと思っていたので」
「うわぁと、やっぱりそうか! 呼び止めて申し訳ない。自分になんて構わずに、すぐにお腹を満たしに帰った方がいいなっ」
そう言いながら子矢は、千尋が男寮に戻ることを促すように立ち上がって先導する。正直なところ千尋としては、まだ居続けていても問題なかったけれど、せっかくの厚意を断るのも悪いと、その行動に倣って立ち上がり、後ろを歩く。
「えっと……僕は久しぶりにこうして話せて、良かったです。子矢さんこそ、元気そうだったので」
「はは……社交辞令が上手くなったね。そういえば言葉遣いも、昔よりずっと慎ましやかだ」
「社交辞令というよりは、本心が先立ってあるからだと思います。僕の小さい頃を見ている子矢さんなら、知っているかもしれませんが、昔は大分口下手というか、ずっと人見知りだったというか、受動的で、独りでしたからね」
「あー。それはもう本当に、初対面くらいのときの話かな? どちらかというと自分の記憶の中での千尋くんで印象的なのは……いやこれは我々から告げるべきではないか。すまない、忘れてくれ」
どう考えても忘れられずにモヤモヤするところで打ち切られる。千尋も追及して良いものかどうかと、うだうだと迷っていると、そうこうしているうちに管制室の窓口に差し掛かっていて、室内から外へと移る。
「んー、この島の空気はやっぱ良いな。人工の天候とは思えないくらい自然そのもので、海の側なのにほとんど無風なのが新鮮で、こんなの都会の街並みじゃ味わえないからな」
「そう、なんですね?」
子矢は両手を組み、パキパキと鳴りながら、淀んだ真夜に伸ばし、身体を解す。彼の比較対象として出た都会の街並みとやらがどんなものか、千尋は斜め後ろで聴きながら想像力を働かせてみるが、どうにも数十年前の実写映画の世界観にしかならなくて、あんまり意味もないことだと思考を振り払う。
「もう夜遅いし、寮まで送ろうか千尋くん」
「え? いえ大丈夫です。子矢さんにも私用とはいえ、やるべきことくらいあるでしょうし」
「は……逞しくなったね。まあ夜に出歩くのは感心しないけどな」
「……今度から気を付けます」
「そうしてくれたまえ。本土だと千尋くんくらいの年齢で夜の街を徘徊する子はもれなく、非行少年少女認定されてしまうからね」
子矢の本音を表すと、いくら暗闇の中だからといって不審者の心配がほぼない人工島で、夜間外出に忠告を入れる必要は皆無と言っていい。だけどこうやって口を酸っぱくして釘を刺すのは、保護観察役としての観点と、なるべく本土の同年代と同様の模範を基準に考えているからこそだ。
「分かりました」
「うん。なら坂道だし、暗いし、足元には気を付けて帰るんだよ」
「はい。子矢さんもまた暇なときに、みんなの前に顔を見せてもいいんじゃないですか?」
「あーいや、どうだろうなー。政府管制課の役員ってだけで遠ざかる子も居るからね……大人が子どもたちの輪を乱すわけには行かないし……要検討、くらいかな?」
明確な返答は濁す。それは政府管制課の立場が障壁となるのか、はたまた別途負い目があるのか、千尋には気付かれないように、それとない作り笑いを添えながら曖昧にする。
「……そう、ちょっと残念ですね」
「はは、仕方ないさ……あっ、千尋くん」
「えっ、なんですか?」
男寮への道のりを辿ろうとした千尋に、後ろから子矢が呼び止める。何だかここで最初に逢ったときみたいだなと既視感がありつつ、千尋は振り返り子矢と相対した。
「小春ちゃんとは、まだ仲良くしているのかい?」
「小春……?」
「ああ。あの子は千尋くんにとって、切っても切れない存在になるんじゃないかなと思っていたから……まあ子どもの頃の話だし、男の子と女の子じゃ色々難しくもあるだろうから……ちょっと心配でね?」
「んーいえ、心配ご無用です。いつまでも僕は、小春と仲良くありたいと思っているので」
「……そうか」
「まあ、小春だけじゃなく、他の子に対しても……似たようなものですけどね」
「なるほど」
「……い、いいですかね?」
「ん? ああ。気をつけて帰るんだよ」
不安を払拭する一言だけ残して、千尋は男寮へと戻って行く。そんな後ろ背を眺めながら、子矢は成長を喜ばしく思う。
その後輸入港へと視点を変え、和やかな表情のまま、自嘲めいてこう呟く。
「輸入港に布地を取りに来たことは忘れた……って解釈でいいのかな? んーでも、五年前に憔悴し切っていた千尋くんがあんなにも元気そうで、本当に何よりだよ……ねぇ? 小春ちゃん」
白息も混ざらない、澄んだ夜間の空気に晒される最中。
子矢は此処には居ない小春に、人知れずそう述べる。
意識して話題には挙げなかったソフィアが人工島から居なくなった後の五年間を案じつつ、未来の島民たちの幸福を保護観察役として、政府管制課役員として淡々と、幸せを切に祈るように。




