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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第三章
107/156

107 デザイナーの怒髪天

 やがて千尋の目線へと合わせに来たかのように、口を窄ませてご立腹な様子の継実がひょっこりと映る。それはもう、お互いの鼻尖同士が接触しそうなくらい近くに。いつもはぱちくりとさせている双眸が怪訝気味に細まり、眉は顰めていた。また振り子のように揺れる継実のサイドテールと、髪流れによって現れる白銀色のイアリングが千尋の注意力を散漫とさせた。両頬を掴まれていなければ、じっと見つめられていなければ、そもそも怒らせていなければ、そっちの話題を振っていたかもしれない。そう、千尋は情けない四つん這いのまま、首を横に向かされて所感するしかなかった。


「こっちを見てもらおうか。さあ、答えてみなさい千尋。どうしてツグが怒髪天を衝いているのかを」

「それは、ぼぬぅのぉえぇうゔぐぉらぇいぃた……」

「んん〜? 何言ってるか分かんないな〜」


 千尋が真面目に答えようとした瞬間、継実が両頬を強く押し込め、発声に必要な口腔の余白をイタズラで少なくする。というより、怒っているのは本当だけど、この悪ふざけもやりたかっただけまである。


「はあ……なにくだらないことしてるのよ。さっさとその手を離して、千尋の弁解を聴けば終わりじゃない」

「真希に言われなくてもそのつもり。でも、ツグにだって許せないことはあるんだもん」

「だからってそうやってほっぺを押さえ付けたり、背後から蹴り飛ばす必要なかったでしょ? おかしなのはその服装だけにしな」

「ええ〜……これカッコいいでしょ。作るのにどれだけ時間掛けたと思ってるの、大変だったんだよ?」

「大変でしょうね」

「分かってくれる?」

「ええ。全く……それ何色無駄に混ぜ込んでるのよ。あたしの視界がおかしくなったのかと思ったわ。コーヒーでもこぼしたのかなって」

「あーひどいっ!」


 すると継実は千尋から手を離し、しゃがむのを辞め、彼女自身の全体像が捉えやすいように両手を広げる。今日が休日ということもあってか私服姿で、その装いは白色が基調のセーター、同調ハイウエストのフレアスカートをあしらっており、さらに同じような色合いのレギンスが膝下まで……スカートよりも長く覗かせていた。一見して何の変哲もないシンプルデザイン……かと思いきや、よくよく注視すると、象牙色や卯の花色などの、種々様々の白色に分類されるの生地が継ぎ接ぎの如く、パズルピースに似て形式が定まらないまま随所に入り組んでいた。まるで視力の色彩感覚を試すためのファッションと成り果てている。


「事実を言ったまでよ」

「ふぅんだ。真希が分かってないだけじゃないのー。いっつもオシャレになかなか関心を待ってくれないし」

「あたしだって服の好き嫌いくらいはある。でもそんなの奇抜極まり無いのは分かりたくもない」

「へぇ……——」


 真希は言葉を濁して奇抜と表現したが、正確には普通に色合いを統一すれば、真希自身でも着てみたい量産型ファッションになるのに、みたいな意味合いだ。なのに余計な技術と手間を加え、唯一無二の意匠を作ろうと雑多に詰め込んだ勿体無さが、ひたすらに惜しいと言いたい。あと技巧面では徒労でしかないが、これだけの配色を違和感無く服装として生地を紡いだセンスは、やはり頭ひとつ抜けていると唸っていた……だからこその酷評だ。

 ちなみに千尋は灰と青の二色が半々に主張するポロシャツに八分袖のインナーを重ね着て、またジーンズを履いている。このうちのポロシャツの方は継実の自作。つまりはそう、継実はこの人工島で一番のファッションデザイナーだ。


「——……そんなこと言うと、男装好きの真希の燕尾服を作って欲しいって依頼、断っちゃうよ?」

「はあ!? え?」

「ご所望されたんだよねー」

「誰がそんな…………………………………トリノかぁぁぁぁぁっ!」


 真希の絶叫が玄関前廊下に轟く。

 継実がビックリして両耳を塞ぐ素振りを働くくらいの声量だった。


 その男装趣味疑惑は現状、真希本人、実質的な提唱者の千尋、そしてその弁明相手だったトリノしか知らない。千尋は継実と蹴られ蹴り飛ばされの光景から、告げ口する余裕はなかったと選択肢から外す。とすると、残りは自然とトリノのみとなる。


「うん、そうそう。ここに来る前にトリノに顔見せたらお願いされちゃった。ツグなるほどなーって、真希に似合うとおもって即オッケーしたんだよねー」

「バカするなっ! 誤解が誤解で済まなくなる」

「いいじゃんいいじゃん。コーディネートは無限大だよ? 真希も色んな振り幅の衣装に……男の子っぽいのも加えちゃうだけだって。たまには新しい挑戦してみようよー」

「……今それどころじゃないっ! あたし帰る。あのトリノの減らず口を塞いで来るからっ」

「あ、ちょっと真希っ!」


 そう言い残して真希は階段から下り、継実の制止も振り切って、今まさにゆっくりと立ち上がろうとする千尋に釘刺すような睥睨をお見舞いし、玄関から外へと早歩きでズコズコと去って行く。いつぞやの対立関係のときと同様の凄みで、ちょっと千尋の心拍が穏やかじゃなくなる。


「ありゃりゃ。真希怒っちゃった……」

「言われのない噂が広がろうとすれば、そうなるよね……」

「ん? 事実無根なの? 男装趣味」

「うん。まあ、トリノがそう言ったのは僕のせいなんだけど……ごめん真希」

「はぁあ、せっかく真希とも服の話出来そうだなーって思ってたのに」

「今日のはアプローチが良くなかったから。でも、真希も全く興味が無いわけじゃなさそうだし、タイミングが合えば話も出来るんじゃないかな?」

「んー、そうだといいんだけど……そんなことよりも、千尋〜?」

「あ……はい」

「ツグがどうしてって……あれ——」


 千尋と継実が玄関前に取り残される。

 そこそこ騒いだはずなのに、大広間に居る子たちが気付いた様子はない。


「——千尋の後頭部、髪がぺちゃんこになってる? なんで?」

「嘘? 継実に飛ばされた影響?」

「そんなわけないじゃん……って、今はそうじゃなくて……はい、じゃあ答えをどうぞっ!」

「答え?」

「さっき訊いたでしょ。なんでツグが怒ってたか、だよ」

「ああ、うん。それは分かってるよ——」


 千尋的には一度答えていたつもりでいた。

 それはもう、理路整然とだ。

 ただ頬をモチモチと弄られ、声にならない声を発するハメになっていて、継実にも真希にもちっとも伝わらなかった。だが既にちゃんとそのときに述べている。

 だから今度は、しっかりとした発音で再度答えるだけ。

 せっかく手作りしてくれた継実に謝罪も込めて。


「——継実が作ってくれた制服。使い物にならなくなったから、だよね……ごめん」

「うん、そうだよね。でもそれだけじゃないよね」

「制服を……二着」

「そう! この短期間で二着もダメにしたんだから。どうなってるのもうっ! もっと大切に扱って貰わないとっ!」

「はい……」


 継実が両手を腰に当てて注意する。

 ごもっともだと、千尋は首肯して返す。

 しかし元を辿れば、二着の制服がダメになったのは発現能力の対応によるせいだ。

 一着目は真希との交戦時。

 二着目はジオの暴発の食い止めていた時。

 直接的な原因は、千尋にはない。


 だけど千尋の制服は……いや、この人工島全員の制服を作ったのは他でもない継実。彼女が趣向を凝らし、試行錯誤して完成させた衣服。それをいつしか当たり前のように感じて、能力の前におざなりにしたのは事実だ。千尋としても、そこに弁解の余地はない。


「分かればよろしい……ということで、今から新しい制服を作るための工程に入ります……ツグの部屋に来なさい」

「え、今から?」

「そうです。思い立ったが吉日だからっ」

「僕にとっては吉日かどうか……まあ、断れないけど」


 異論は受け付けないと、継実が踵を返す。

 経緯的にも断れないと、なくなく千尋も後に続く。

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