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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第三章
108/156

108 継いで実る作業部屋

 小春の部屋以外で女寮の誰かの個人部屋行くのって、そういえば久々だなと千尋は継実の部屋に入室し、棒立ちでインテリアを眺めながら不意に思う。

 室内はハンガーラックが四隅のほとんどに面して設置されていて、着数を指折るのも億劫なほどの多様な衣服がずらりと掲げられている。暖簾を挟んだ向こうには千尋の部屋と同様にキッチンスペースが覗き見える。そして睡眠時用のベッドのそばには、スタンドミラーが二つと丸められたままの布生地が立て掛けられ、マットレスを敷いた場所から少し離れたところに鎮座する作業台にはミシンと、制作途中と(おぼ)しき紺色の生地が糸くずにまみれて挟まれたままだ。形状的にはやや丸みを帯びていて、近い未来に土管のような円柱型の服装箇所になりそうな気配が漂う。


 そこはもはや継実の部屋というより、ファッションデザイナーの作業部屋といった様相で、基盤の間取りは千尋の部屋と大差ないはずなのに、クリエイティブ力の格差をまざまざと痛感させられる装飾だ。

 他にも華麗に着こなしてポージングをする本土の有名人のポスターなんかもハンガーラックの真後ろに貼られていて、中でも継実がお気に入りで、島内でもその人気が轟いている北見(きたみ) 莉瀬(りせ)という女性のファッション写真が多数を占める。彼女の本職自体はモデルではなくアイドルで、千尋たち島民が生まれる二〇二七年よりも遥か以前の二〇〇〇年代から長らく活躍してる人物だ。その当時の娯楽が島内に輸入されやすかった影響もあってか、当時の彼女の年齢が千尋たちと近かったせいか、遅ればせながらもそんなアイドル的人気が、年頃の彼ら彼女らのトレンドを刺激するエンターテインメントの一つなっている。


「なんか、前に来たときよりも物が増えたね」

「そう? ポスターくらいなものじゃない? ああほら、この北見 莉瀬は新しく輸入されたモノで、ちょっと大人っぽくなってるし」

「いや……ポスターもだけど、昔はさ、服もこんなにはなかったはずだよ。すごいね」

「ふふんっ、すごいでしょすごいでしょ……というか千尋が来たのっていつ振りだっけ?」

「えっと……どうだったかな? 少なくとも十二歳よりは後のはずだけど。制服を合わせるために一回来たはず」

「採寸のために呼んだのがそんな前か……はっはっはっ、お互い年を取りたくないものですな〜」

「本当だね、おばあちゃん」

「そうそう……って、誰がおばあちゃんだっ! ツグまだ十五歳十五歳っ」

「若いね」

「そうよまだピチピチ……って、千尋も同い年でしょっ! 蹴られてボケただなんて言わせないよっ」


 室内を片し作業をしながら継実がオーバーリアクションで、千尋のちょっとしたボケを拾う。

 まさに伝統芸並みの軽快なノリツッコミ。言葉の抑揚、感情の起伏、誇張表現、全てのタイミングがバッチリだ。

 継実はファッションのことになると過熱しがちで、かなりうるさくもなる。だけどそんな美意識や見た目の派手さとは裏腹に、普段は結構常識人というか、お喋りも冗談も大好きなお茶目な女の子。ちなみに人工島には墨花という絶対的なリーダーシップを執る強気の子が居るから鳴りを潜めているが、継実もいざとなればまとめ役を引き受けられる度量はある……継実自身はあまり乗り気にはならないが、素養は十分だ。


「それにしてもすごい内装……あの、ここにある服って、全部継実の手作りなの?」

「え? ああ、うんん。島の外から輸入、供給された服も何着かあるよ。流石にこれ全部作るのは無謀だし、鈴音とか墨花とかの助けを借りたりもするし、ツグの手作りはキッチン側方面に並んでいるハンガーラックにあるのと暖簾、まだまだ少ないよ」

「そこだけでももう、十分過ぎるくらいあるよね……あと暖簾って手作業で作れるんだ」

「デザインに拘らなければ衣装よりも簡単だよ。たまに行事で使う横断幕を作るのとそんなに変わらないし、それにあったらあったでオシャレ、じゃない?」

「うん。なんか昔観た歴史を学ぶための時代劇に、屋台で暖簾を掻き分けて品物を注文する場面みたいで、ちょっと憧れるかも」

「おお……そ、そんな率直に言われると照れる照れる」


 せっせと部屋を簡素に片付けつつ、継実は照れ笑う。

 オシャレコーディネートを纏ったマネキンを見上げて恍惚とするくらい純朴な少女の表情だ。


「……よーし。こんな感じで良いかな? これだけスペースがあったら適当に散らかしても大丈夫だ」

「スペースが必要なんだ?」

「そりゃもちろん。これから千尋に手伝ってもらうんだから、制作環境の確保くらいはしとかないと」

「僕が手伝うって、何を?」


 そんな疑問を他所に、というよりは後々のお楽しみと言いたげに、継実はノートやペンシルに定規などメモ書きに最適な文具を床に置いて、あとからメジャー測りを伸ばして爆速で仕舞い込んでしまう。


「よしっ」

「……あんまり乱暴に仕舞うと指先とか切りかねないよ」

「大丈夫大丈夫、これゆるゆるのやつだから。ということでツグの準備もこの通り万端なので、早速千尋にお願いなんだけどさ——」


 メジャーを逆手で軽く叩いて、嬉々として、継実は屹立するしかない千尋の体躯の頭部から爪先までを視線で追う。その時間はもう何とも形容し難い沈黙の品定めで、千尋も一周回って冷静になり、これってかなりシュール過ぎるなと所感したところで、やがて継実は満足げにニンマリと頷き、いよいよ本題に切り込む。寧ろそのために呼び出したんだからと訴えるように。


「——その服さ、今すぐ脱いでくれない?」

「…………………はい?」


 何を言っているのか分からなかった。

 いや分かったけれど、心情の理性が勝って疑問形になる。


「ほらほら早く早く。より正確な採寸を行いたいときは、ジカに測るのが一番良いんだから」

「え、いや……それはちょっと……」


 理由ははっきりとしないけれど、身体のどこかが否応関係なく躊躇してくる。それは年相応の思春期男子特有の羞恥心も大いにあるだろう。当然というより自然な感情だ。

 でもそれだけじゃなくて、脱げと命じられるままに脱ぐ子どもの頃のあどけなさが、もう千尋には皆無同然だった。つまりは知らず知らずのうちに、いつのまにか、警戒に値する言葉になったんだなと、著しく困惑してしまう。

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