第七十五話 百々目鬼の思惑
酒呑童子と百々目鬼はオレ達が見守る中、ハイレベルな戦闘を繰り広げた。酒呑童子は薙刀を巧みに操り、百々目鬼は無数にある目をぎらつかせながら、長い腕で応戦した。
妖怪大翁の話では、百目という妖怪が進化したのが百々目鬼ということだ。
「百々目鬼、腕を上げたな? ならば、これならどうだ?」
酒呑童子は足場が悪いのをものともせず、船首から跳躍し百々目鬼の額に薙刀を振るった。百々目鬼はそれを辛うじてかわしたものの、体勢を崩し膝ま付いた。
「くっ……。馬鹿力が」
百々目鬼はそう言い放ったが、オレにはそうは見えない。確かに以前までの酒呑童子は、力にばかり頼る戦闘を好んでいた。しかし、今の戦闘を見る限り、スピードとテクニックを兼ね備えている。つまり、戦闘スタイルが変わってきているのだ。
「ならば、我輩が力だけではないことを証明してやろう」
「強がりを……」
酒呑童子は薙刀を短く持ち直し、滑り込むように百々目鬼の横を過ぎ去った。
「ほう、思ったよりスピードは増したよう…………うがぁ……」
酒呑童子を見下すような言葉を発しようとした瞬間、百々目鬼は突然狂ったような叫び声をあげた。すると、無造作に右腕がデッキに転げ落ち、玄武池へと吸い込まれていった。
「己れ――っ! 私の腕を! うがっ! はぁ……はぁ……」
百々目鬼は怒号あげた後、切り落とされた腕を再生させた。
「ま、まさか再生するとは……」
「はっはっはっ。酒呑童子よ、驚いたか。お前が力だけの男じゃないことは認めよう。だが……それだけでは、強いとは言えない」
「そっくりそのまま、その言葉を返してやる。ふぬぅ!」
酒呑童子は動じることなく間合いを取った後、百々目鬼の胸ぐらを掴み上げた。
「掛かったな? 死ね!」
「何?」
胸ぐらを掴まれ宙ずりになった百々目鬼は、腕を蛇のように変化させ酒呑童子の首を締め付けた。
「かはっ…………うっ……」
酒呑童子の顔がみるみる青ざめて生気が失われていく。このままでは、死んでしまう。
「酒呑童子よ、今助ける! バトルフォース展開!」
「や、やめろ…………言った筈だ。手出しは無用だと」
「しかし、このままじゃ……」
「……我輩にも妖怪として……鬼骨王様の部下…………としてのプライドが……ある」
身を乗り出そうとしたオレを、甘寧が抑止し首を横に振る。
「タクマ、酒呑童子の気持ちもわかってやれ」
「…………」
酒呑童子の言いたいことも、甘寧の言いたいこともわかる。だが、死んでしまっては何もならないのだ。
「……安心しろ。我輩は死なん! ぐぉぉ!」
酒呑童子は雄叫びをあげると、再び百々目鬼を空高く掴み上げた。
「無駄なことを……」
「…………それはどうかな? うるぁ!」
酒呑童子はそう言葉を発すると、百々目鬼を掴み上げたまま船首へと歩き始めた。
「な、何をする! や、やめろ!」
「道連れに……してやる!」
酒呑童子は百々目鬼を掴み上げたまま、玄武池へと身を投げた。
「酒呑童子――っ!」
玄武池は無数の泡を立てると、やがて穏やかな水面へと戻った。
「あの野郎……」
デッキに両手をつき、肩を落とすオレに凌統が囁いた。
「タクマ、奴は簡単には死なない……。奴の行為を無駄にしない為にも先を急ぐぞ」
「そうだな。酒呑童子が簡単に死ぬ筈ないよな?」
その言葉でオレは再び、立ち上がった。




