第七十二話 強者達の思惑
甘寧の素っ気ない態度に、オレは愕然とした。しかし、凌統の言葉でその謎も直ぐに解けた。
「タクマ……いい所に来た。今一度邪馬台国に戻って、救援を要請しようとしてた所なんだ。あれを見てみろ!」
「凌統! 声がデカイぞ。奴等にバレたら袋のネズミだ」
「すまん、すまん」
「一体、何が起きてるんだ?」
オレは、凌統が指差した方向に目をやった。すると、玄武池に何隻もの……いや、何十隻もの大船団が連なっていた。
「これは一体……」
その異様な光景に言葉を失っていると、甘寧がそれに答えた。
「前にも言ったけど、俺様は元海賊だ。どうやら、俺様の脱退をよく思わない連中が玄武池で待ち伏せしてるようだ。まぁ、俺様の見立てでは、援軍も含めて千は下らないだろうな……」
「千だと?」
「あぁ、しかも連中……妖怪まで仲間に取り込んでいるようだ。雑魚の妖魔だけならまだしも、妖怪にも助太刀されると流石の俺様も打つ手がない……」
その時点でオレの意思は固まった。これは借りを返す絶好の機会だ。
「甘寧、オレが手を貸す。どっちにしろ、オレを呼ぼうとしたんだろ?」
「ぶっちゃけ、そう言うことだ」
「素直だな……」
「俺様は元々素直だぜ」
甘寧はそう言うと、鼻で笑った。それに釣られてオレと凌統も笑った。
これ程の軍勢を前に戦うことは、無謀だと分かっている。敗北するのは、火を見るより明らかだ。しかし、この玄武池を越えねば魔合肥へは辿り着けない。
「タクマよ、安易に危険な戦をするでない。甘寧とやら、残念じゃが、魔合肥へ行くのは諦めるんじゃ……」
妖怪大翁がそう忠告するも、甘寧と凌統は聞く耳を持たない。オレが甘寧と同じ立場でもそうしただろう。この先に仲間がいるのに、尻尾を巻いて逃げる訳にはいかないのだ。
「じいさん、わかってくれ……。コイツらは不器用な生き方しかできねぇんだ。勿論、オレもな」
妖怪大翁はオレの懐の中で大きな溜め息をつくと、渋々了承した。
「なぁ、甘寧。これ程の軍勢だ。何か作戦でもあるんだろ?」
「生憎、そんなものは持ち合わせていない……正面突破あるのみだ」
そんなこと出来る訳がない。しかし、凌統も甘寧の発言に頷く。
「やれやれだな……。お前らは何処までもオレを楽しませてくれる」
「楽しんでくれよ。さぁ、行こうか」
甘寧は笑顔でそう返すと、用意していた船へとオレを案内した。船の周りにには、甘寧の到着を妖怪や妖魔が今か今かと取り囲んでいた。その数、両手では足りない程だ。
「まずは、船を奪還しないとな」
オレがそう呟くと、背後から見覚えのある大男が忍び寄った。
「ここで会ったが百年目!」
何ともタイミングが悪い。その大男とは酒呑童子であった。
「貴様は酒呑童子!」
「お? タクマもコイツを知ってるのか?」
「知ってるも何も、コイツは鬼骨王の部下だ」
「そうだったのか」
甘寧の口振りでは、まるで会ったことがあるかのようだ。オレはその疑問を解消するべく、甘寧に尋ねた。
「酒呑童子と、会ったことがあるのか?」
「あぁ、初めて邪馬台国に辿り着いた時、俺様の好意で逃がしてやった輩だ。おい、デカイの! また、俺様に角を折られたいのか?」
甘寧はオレの問いに答えると、見下すような口調で酒呑童子に迫った。すると、一歩後退しながら酒呑童子は言った。
「いや、今回はそんなんじゃない。実はこの玄武池の先にある鬼赤壁に行きたいんだが……ここを突破出来る自信がない」
話が飲み込めないオレは、酒呑童子を問い質した。
「お前の仲間じゃないのか?」
「飛んでもない。奴等は何処から現れた西洋の悪魔よ。何でも、この黄泉を乗っ取ろうとしてるらしい。その中の一人“クラーケン”……所謂、烏賊の化け物がデモンストレーション代わりに玄武池を占領してるんだ。なぁ、頼む。ここは一時休戦して、共闘してくれないか?」
突然の酒呑童子の申し出。しかし、ここを突破するには一人でも味方は多い方がいい。考えた末、オレは答えを述べた。
「わかった……お前のような奴を仲間に加えるのは不本意だが、その目は嘘をついてるようには思えん。此方からもお願いする」
「タクマ、正気かよ」
「あぁ。だが、少しでも不審な動きをしたら、遠慮なく斬ってもらって構わない」
「甘寧、ここはタクマに従おう。タクマの言う通り、仲間は一人でも多い方がいい」
「凌統がそう言うなら仕方ないな。おい、酒呑童子! 裏切ったらブッ飛ばすからな」
「約束は守る。我輩にも黄泉の戦士としての矜持はあるからな」
「いい返事だ。よし、まずは船を奪還すぞ!」
オレがそう叫ぶと、先を争うかのように甘寧と酒呑童子は駆け出した。
「凌統、オレ達も行くぞ!」
「あぁ」
圧倒的不利な状況下で、意外にも共闘することになった酒呑童子。その酒呑童子さえも恐れる西洋の悪魔。
オレの知らない所で、見えない歯車が回ろうとしていた。




