第五十八話 裏切りの弁慶
弁慶が生きていたと喜ぶ間もなく、その裏切りにオレ達は呆気に取られた。こんなことは言いたくないが、オレが睨んだ通り弁慶には裏があった。
「弁慶……どうしてしまったのだ。某達を救ってくれた優しさは嘘だったのか?」
「義経よ、無駄だ。アイツは……ハナっからオレ達を陥れようとしたんだ」
「タクマの言う通りだ。俺は最初からお前らを裏切るつもりで近付いた。義経よ、悪く思うなよ」
「嘘だ……嘘に決まっている……某の知ってる弁慶は、優しくて……仲間思いで……そして、何より曲がったことが嫌いな奴だった……」
「そんな昔のこたぁ、忘れたな。これが今の俺の姿……武蔵坊弁慶様だ――っ! さぁ、義経……いつぞやの五条大橋の決着をつけるぞ!」
「やらねばならぬのか?」
「そういうことだ。手加減はいらねぇ。全力で掛かって来い!」
「弁慶……お前のような逸材を失うのは惜しいが、悪いが斬らせてもらう」
「戯れ言を……」
「義経よ、助太刀するぞ」
「タクマ殿、これは某と弁慶の問題です。手出しは無用」
義経はオレの申し出を断り、柄に手を掛けた。その姿を見て、茨木童子は不気味な笑いを見せた。元を辿れば、弁慶がこうなってしまったのも、コイツの所為に違いない。
「タクマ、ワシに考えがある……耳を貸せ」
「何だよ、じいさん。藪から棒に……今アンタの世話をしてる場合じゃねぇんだよ」
「いいから貸すんじゃ。見たところ、茨木童子は相当弱っていおる。恐らく卑弥呼の肉体が合わんのじゃな。だから、義経と弁慶が戦ってる隙に、村正で魂にダメージを与えるんじゃ。さすれば、卑弥呼の肉体から茨木童子を追い出すことができるやもしれん。これはある意味、賭けじゃが」
「成る程……悪くない作戦だ」
しかしだ。その為には、義経に弁慶を引き付けてもらい、気付かれないようにする必要がある。それに上手くいったとして、魂にダメージ与えられなければ、卑弥呼が死んでしまう。
「タクマ、妖怪大翁様の言う通りよ。こうなったら、やるしかないわよ」
「お雪、聞いてたのか?」
「ごめん、聞こえちゃったの……タクマ、アンタなら出来るわ」
お雪の言葉で、オレの迷いは消えた。一か八か……人の命を賭けるには、あまりに酷な博打だ。
あとは義経次第って訳だな。オレは密かに一本だたらに村正を依頼すると、義経と弁慶の一騎討ちに視線を向けた。
義経 LV22 ランクB 特性 円明流
HP225 MP67
攻撃力55
素早さ65
スキル『剣術』『弓術』『回復術』
弁慶 LV20 ランクB 特性 薙刀 身代わり
HP290 MP10
攻撃力59
素早さ20
スキル『薙ぎ払い』『身代わり』
義経は、鞘から膝丸を抜き取り水平に構える。その低い構えは、虫一匹さえ寄せ付けない程に隙はない。
一方の弁慶は構えもせず、右手に薙刀を持ち仁王立ちしてるだけだ。
対照的な二人だが、第三者的に見ると力の差はない。
「いざ、参る!」
長い沈黙を破り最初に動きを見せたのは、素早さが秀でている義経だ。義経の持つ膝丸が鮮やかに煌めくと、弁慶の五条袈裟ごと斬りつけた。弁慶はよろけもせず、全身を盾にそれを受け止めが55のダメージを受けた。――HP235/290――
「流石だな、義経。我が主としただけのことはある」
「言いたいことはそれだけか?」
「チッ……ならば俺の薙刀を受けてみろ!」
弁慶は後退する義経に向け、得意の薙刀で反撃した。義経は上手く切り返し、鍔でそれを受け止めた。火花が散る程の鍔迫り合い。
弁慶と義経の体格差は勿論のこと、力の差は歴然。圧倒的に義経が不利だ。しかし、義経はそれをものともせず徐々に押し返していった。
「うぐぐ……くっ……」
「弁慶……言った筈だ。力だけでは勝てないと」
義経がそう言った瞬間、弁慶の手から薙刀は離れ、床へと落下した。
「くそ……」
「勝負あったな。弁慶よ、覚悟しろ!」
義経は躊躇うことなく跳躍し、丸腰の弁慶の頭上に向け膝丸を振り下ろした。
「し、死んでたまるか!」
弁慶は頭上スレスレの位置で、膝丸を両手に挟んだ。
「し、白羽取り?」
弁慶は膝丸を両手に挟んだまま、義経の鳩尾目掛けて、蹴り飛ばし59のダメージを与えた。――HP166/225――
「かはっ……」
これには、流石の義経も対処のしようがない。馬鹿力な上に、足駄の強固さが加わりダメージは相当なものだ。
「や、やるようになったな……弁慶」
「ふん。上から物を言ってんじゃねぇ。お遊びはこれまでだ」
弁慶は踞る義経を横目に、床に落ちた薙刀を回収した。
「タクマよ、何やら雲行きが怪しい。早い所、村正で茨木童子をやるのじゃ」
妖怪大翁がオレに言う。その瞬間、弁慶は振り返り視線をオレに向けた。
「しまった! ったく……じいさん、声デカイんだよ」
オレは慌てて一本だたらから村正を受け取り、燈籠の横で高みの見物をする茨木童子へ走り出した。
「貴様! 何をするつもりだ!」
鬼の形相で、追ってくる弁慶。頼む……間に合ってくれ。
「うらぁぁぁ!」
オレは渾身の力を込め、茨木童子に向け村正を振り下ろした。が、寸での所で村正は動きを止めた。
上を見上げると、素手で刃先を掴み上げる弁慶の姿があった。その手から滲み出る血が、村正をより深紅に染めていく。
「何をするつもり……うぐっ」
村正を掴み上げていた弁慶の言葉が、突然空気中に溶けていく。
「弁慶、背中がお留守だぞ……はぁ……はぁ……」
弁慶の背後から、斬りつけた義経。痛々しいまでの姿で、窮地を救ってくれたのだ。
「タクマ殿……早く……今のうちに……」
「義経、すまない」
オレは気を取り直し、もう一度渾身の力を込め茨木童子を斬りつけた。




