第四十五話 その剣豪、敵か味方か
土砂や瓦礫で埋め尽くされた密林を抜けると、ようやく雨も止んだ。
背中のお雪はと言うと相変わらず熱を帯びているが、安心したのか寝息を立てている。ノンキなものだ。お雪は比較的軽いが、こうも足場が悪いと余計に体力を奪われる。
「じいさん、地獄岩ってのはまだか?」
オレは苔の生えた巨大な岩に手をつきながら、そう尋ねた。
「何を言っておる。タクマが触れておる岩が地獄岩じゃ」
「これが?」
さっきまでは遠くに地獄岩を見てきたが、お雪を背負い地面ばかりを見て歩いてきたオレは、その存在に気付かずにいた。
「タクマよ、ちいと待っておれ。ガマの油売りの油すましを探してくるわい」
「わかった。具現化するから待ってろ」
オレは妖怪大翁を具現化すると、岩の片隅にお雪を寝かせた。
「じいさん、頼んだぞ」
「ワシに任せておけ。川姫や、お前も来るんじゃ」
「え~、面倒臭い」
「つべこべ言わず来るんじゃ」
「はいはい」
こうして妖怪大翁と川姫は、油すましを探しに出掛けた。
久しぶりにお雪と二人きり。思えばお雪との出会いから、この旅は始まったんだ。こうしてのんびりするのも何日振りだろうか?
そんなことを考えながら、改めて地獄岩を眺めてみる。さっきは気付かなかったが、地獄岩は禍々しい鎖で繋がれていた。
「薄気味悪いな……何かの封印だろうか……」
オレは、その禍々しい鎖に吸い寄せられるように手を伸ばした。自分の意思ではない無意識でだ。
「それに、触ってはいけない!」
中性的な美しい声に呼び止められ、オレは我に返った。振り向くと深紅の甲冑を身に纏い、艶やかな黒髪の好青年が立っていた。雰囲気からして妖怪ではない……そう感じた。
「アンタは誰だ。この鎖は何だと言うのだ」
オレはその好青年に尋ねた。
「礼儀も知らぬのか?」
そうか、名前を聞くならまず自分からねってね。少しばかり怠慢過ぎたか。
「オレはタクマ。流離いの旅人だ」
「某の名は、源義経。理由あって、黄泉に参った。」
「それより、義経さんよ」
「義経でよい」
「義経よ、この地獄岩の鎖は何なんだ? 知ってるんだろ?」
「この地獄岩は、別名"地獄の牢屋"と言われておる。何でも黄泉の亡者の怨念によって産み出された、"邪魅"という妖怪が封印されておるらしい」
「そんな奴、倒しちまえばいいんじゃねぇのか?」
「タクマ殿、邪魅はそんじょそこらの妖怪と比べものになりませぬ」
「触らぬ神に祟りなしって訳か……」
「如何にも。それよりタクマ殿、そちらの女性……苦しんでおられるようですが」
「そうなんだ。原因不明の熱にやれてるんだ」
オレがそう言うと義経はお雪に額に手を当て、何やら呪文のようなものを唱え始めた。
「何をするつもりだ?」
「静かに」
「あ、あぁ」
義経は指先からオーラのようなものを放出すると、その手を戻した。
「さぁ、これで大丈夫であろう」
「何をしたんだ?」
「簡単に言うと、回復術ですな」
何とも不思議な術を使うものだ。魔族が使う魔法のようなものか?
「んん……」
「お雪、気が付いたか!」
「私……どうして」
「喜べ。この義経がお前を治してくれた」
お雪は頬を染めながら、義経に小さくお辞儀をした。妬いてる訳じゃないが、あまり気分のいいものではない。
「義経よ、何か礼をしたい。出来る限りのことを叶えよう」
「礼には及ばぬ。当たり前のことをしたまで。ただ一つ聞きたいことがある」
義経は神妙な面持ちで、そう言った。途端に背中に妖気が走る。
「何だ? 言ってみろ」
「実は、我が師匠である、伊勢三郎義盛殿を殺した輩を探しておる。義盛殿は、剣術を妖怪達に広める為に、"カラス天狗"になったとか」
カラス天狗……その名前に聞き覚えがあった。それは天狗の里での一戦。確か、カラス天狗は剣術を源義経に伝授したと妖怪百科事典(妖怪大翁)に記されていたな。義経から感じた妖気の原因はこれだったのか。
「なぁ、義経。お前はどうして生身のまま黄泉に来れたんだ?」
「生身ではない。某は、妖魔となり黄泉に訪れたのだ」
妖魔? 初めて聞く言葉だ。何れにしても人間じゃないってことは確かだ。
「もう一つ聞いていいか?」
「うむ」
「もしも、カラス天狗を倒したのが、オレだったらどうする?」
「斬る……」
せっかく、義経とわかり合えたと思ったのにこれかよ。戦闘は避けられない……か。
「義経よ、聞いてくれ。カラス天狗を倒したのは残念ながらオレだ。でも、それには理由が……」
「何!」
義経は冷酷な表情になり、鞘から刀を抜く仕草を見せた。鍔に彫られた"南無阿弥陀仏"の文字が不気味に光る。
「どうやら話し合いじゃ、済まないって感じだな」
「無論」
「お兄ちゃん、ボクが戦うよ。カラス天狗への怨みもあるからね」
そうか。確か真琴の中に息づいているべリアルは、カラス天狗にポルターガイストにされたんだったな。こっちにも十分な怨みはあるって訳か。恩を仇で返すのは心苦しいが、やるしかなさそうだ。
「ねぇ、二人とも止めてよ。戦うことに意味なんてあるの?」
「お雪さん……だったか。男には譲れない戦いがある」
「お雪、そういうことだ。義経よ、遠慮はいらない」
「望むところ」
オレは真琴を具現化し、バトルフォースを展開した。




