第二十四話 三途の川へ
一反木綿が空に舞い上がると、妖怪墓地、更には鬼童子と死闘を行った廃屋病棟が背後に望める。
背後と言えば、さっきからお雪の胸が背中に当たってるんだが……。これは意図的なのだろうか。それとも無意識?
オレはそっと背中に神経を張り巡らし、お雪の方に背中を倒した。更に深まる柔らかさは、まるでクッションのようだ。
これまで沢山のバトルをしてきたんだ。これくらいやってもバチは当たらないだろう。そう思ったのが運のツキだった。
「タクマの変態!」
「な、な?」
お雪が背後からオレに、ビンタを繰り出す。オレは咄嗟に避けようと体を反らすと、一反木綿から転げ落ち、三途の川の手前にある山林に落ちてしまった。
「助けてくれ――っ!」
「タクマさ――ん」
「ふん、自業自得よ」
落下していく中で、確かに聞いたお雪の皮肉。幸い木の枝に引っ掛かり助かったが、オレはお雪達とはぐれてしまった。
木漏れ日が射す山林の中、やむを得ず一歩踏み出した。オレを助けにくる気配はない。薄情なものだ。
否――。
こう木々に囲まれていては、見付けることは困難なのは明白だ。行き先はわかっている。ここから三途の川までは、そう遠くない筈だ。
お雪達と合流すべく、オレは三途の川があると思しき方角へと歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
一方、お雪達は上空から、タクマが落下した地点付近を旋回していた。
「山林が邪魔して、下の方がわからないわ。もう、お雪の所為よ」
「わかってるわよ。でも、悪いのはアッチなんだから」
「ふ、二人共ケンカはやめてくれよな……これだから女子は苦手だぜ……」
「木綿ちゃん、何か言った?」
「いえ、何も」
女の子に弱い一反木綿は、たじたじだった。一人だけならまだしも、お雪と川姫が相手とあっては、手も足も出ない。
そこで一反木綿は、ある提案をした。
「このまま旋回してても埒はあかない。一足先に、三途の川に行くってのはどうだい?」
提案というよりは、早く二人を降ろして解放されたい気持ちの方が強かった。一反木綿にしては、ある意味賭けである。
「それもそうね。行き先はわかってるんだから、タクマも三途の川に来る筈ね」
「でも、この高さからタクマさんは落ちたのよ」
「旦那のことだ。死ぬわけないぜ」
「木綿ちゃん、アンタは黙ってなさい」
「はい……俺っち、やっぱり女子は苦手だぜ……」
溜め息まじりに一反木綿は、旋回をやめ三途の川へと向かった。
暫く飛行を続けると、赤く濁った川が視界に入ってくる。恐らくそこが三途の川。
その証拠に、川に浸かった亡者達が天に手を伸ばし、助けを求めている。半分白骨化したその姿は、明らかにこの世のものではない。死臭さえ漂う――。
「さぁ、着いたぜ」
お雪達が降り立った場所は、屍が散乱する場所。三途の川からは、先程助けを求めていた亡者達が手招きをしている。
「ここからどうやって行けって言うのよ」
「さぁ、それはわからないぜ。俺っちは、子泣きのじいさんに三途の川まで連れてってと言われただけだからな」
「お願い、一反木綿さん。この先の天狗の里まで連れてって」
「悪いがそれはできない。天狗の里の空には炎の結界が張られていて、俺っちの力では……陸路しかないってことだぜ」
「もう、意気地無しね」
そんなやり取りをしていると、向こう岸から一隻の渡し船がやって来た。
「こんな辺鄙なとこに旅人とは珍しいべ」
そう言い放つのは、全身緑色をした妖怪だった。頭には光り輝く皿を乗せ、背中には唐草模様の甲羅を背負っている。
「あなたは?」
川姫が恐る恐るその妖怪に話し掛けると、その妖怪はニッコリと笑い言い添えた。
「オラは三途の川の船頭"河童"(かっぱ)だべ」
「船頭? それじゃ、私達を向こう岸まで連れてってよ」
「そったらこど、容易いべ。でも、オラと相撲で勝ったらの話だべ」
「相撲?」
「あぁ、簡単に言うと、バトルだべ」
河童は嬉しそうに手に付いたヒレを舐めながら言った。しかし、タクマの居ない今、バトルの出来そうな者はいない。
「よし、俺っちが相手になろう」
そこへ名乗り出たのは、一反木綿だった。
「木綿ちゃん、アンタ戦えるの?」
「馬鹿にするなよ。俺っちだって、ちょっとは戦えるぜ」
「わかったわ。私がテイマーとして戦うわ。小豆洗いを従えて以来、久しぶりの戦闘だけどやるしかないみたいだしね」
「それじゃ、川姫お願いね。確か予備のDDがここに……」
お雪は胸元からDDを取り出し川姫に渡した。
「サンキュー、お雪。一反木綿さん、宜しくね」
「姉さん方、準備はいいだべか?」
「ちょっと待って、バトルフォース展開! 一反木綿さん、行くわよ」
「俺っちに任せな」
「こりゃ、楽しみだべ」
タクマの居ない今、代役を買って出た川姫――。三途の川をバックにバトルが始まろうとしていた。




