第九十八話 甘寧と凌統の過去
妖怪大翁から知らされた新事実――。選択は二つに一つだ。
受け取った瓢箪の中の温泉の湯からは、怪しく湯気が溢れる。
「タクマさん……早くしないと三人とも狂戦士になっちゃうわ!」
躊躇うオレに川姫が言う。
わかってはいる。だが、ここでの選択肢は酷なものだ。
――時は止まらない。
確実に甘寧達は“魂”が抜け落ちようとしているのだ。
それを知ってか知らずか、凌統は方天戟を振り回しバックベアードに攻撃を仕掛けた。
普段より鋭い当りは、バックベアードに90のダメージを与えた。――HP1062/2100――
バックベアードはカウンターには出ず、ニヤリと笑った。
体勢を整えた凌統は、警戒しながらオレに言う。
「タクマ! 俺はまだ大丈夫だ。温泉の湯は甘寧に使ってくれ!」
自分のことより仲間を思いやる気持ち――。やはり凌統は、妖怪大翁との会話を聞いていたようだ。
「凌統……何を言っている。過去の過ちを払拭する為にも、そいつはお前が使ってくれ!」
凌統の好意を真っ向から否定する甘寧――。しかし、過去の過ちとは何なのだろうか?
「甘寧……過去の過ちってのは何なんだ?」
触れてはいけない問題だと知りつつも、俺は凌統に聞いた。
「甘寧! もう過ぎたことだ。俺はもう……恨んでなどいない……」
すると、凌統は方天戟を背中に収めながら、割って入った。どうやら甘寧と凌統の間には、拭い切れない過去があるようだ。ここまで凄まじい剣幕で返す凌統を見たことがない。
「いや、凌統……ここまで来たらタクマにも話しておくべきだ……」
甘寧がそう言うと、凌統はうつむき顔を伏せた。
「あれは俺達が妖魔になる前の話だ。以前も言ったが、俺は海賊だった。どうしようもないくらいクズのな……。その時ターゲットにした獲物……それは凌操という猛者だった。そう……凌統の父親だ。俺は知らなかったとは言え、凌統の父親を八つ裂きしにて殺したんだ……」
「甘寧……もういい! 止めろ――っ!」
「いや、止めない。タクマ……聞いてくれ。……その後、凌統と出会い、俺達は剣を交えた。しかし、間に入って仲を取り持ち、拾ってくれたのが孫権なんだ……だから、俺は一生、凌統と孫権には頭が上がらない――。なぁ、頼む。温泉の湯を凌統に使ってくれ。俺はどうなってもいい……」
甘寧はひしゃげた鈴を鳴らしながら、溢れんばかりの涙を流した。
「甘寧……人は胸の底に眠った過ちなどいくらでもある。凌統と孫権は、それを許しお前を迎え入れたんだろ?」
「甘寧、タクマの言う通りだ。俺はもう恨んでなどいない」
「凌統……でもな……現実は甘くないんだよ!」
甘寧はオレに向かって駆け出すと、瓢箪を奪い取り凌統に振り掛けた。
「へへっ。これが俺の出来ることだ」
温泉の湯を浴びた凌統の魂は定着し、本来の状態に戻った。
甘寧を激怒したい気持ちもあったが、それはしなかった。何故なら、オレも魔王だったことを隠していたからだ。
「凌統……これは甘寧の優しさだ。何も言わずありがたく受け取ってやれ……」
オレがそう言うと凌統は言葉を詰まらせ、無言で甘寧の肩を叩いた。
「さぁ、皆……ガンガン攻めてバックベアードを倒すぞ! 誰も死なせはしない。オレについて来い!」
魔王としてではない――人間として、テイマーとして、本当に目覚めた瞬間だった。
「うごわ……!」
新たな決意を表明した後、酒呑童子が声を荒げる。石化が進行した肉体は、胸部までに達していた。
そう――憂いが消えた訳ではない。酒呑童子の石化と、甘寧の魂の抜け落ちという問題が残っているのだ。
「酒呑童子! 無理はするな!」
だが、言うことを聞く酒呑童子ではない。
酒呑童子は薙刀を肩に添え、バックベアードを睨んだ。
「もうじき……貴様の彫刻が完成するな。その体で何をする気だ?」
バックベアードは酒呑童子に近付き、その瞳を見開いた。
「馬鹿め! 下半身が動けなくとも、上半身はまだ自由が利くんだよ!」
酒呑童子は薙刀を一点に構え、その瞳に投げ放った。薙刀はその瞳に直撃し、90のダメージを与えた。――HP972/2100――
「うぎゃぁぁ……貴様……何てことを! 許せん……死ね――っ!」
武器を失った酒呑童子は、丸腰の状態だ。まして、硬直した下半身では、カウンターを避ける術はない。
バックベアードは、その瞳に突き刺さった薙刀を抜き取ると、酒呑童子の倍の速さでそれを返した。
「うぐっ……くっ……」
酒呑童子はそれを受け止めようとしたが勢いに負け、薙刀の刃先の半分を左胸に喰らった。酒呑童子は130のダメージを受けた。――HP40/430――
「どはっ……」
吐血する酒呑童子――。溢れ出た血は、石化した下半身を朱に染めていった。




