第8話:カスタネットの響と、秘められた恩義
「タタタン♩ タタタン♩」
静まり返った特殊治安部隊の敷地に、乾いたカスタネットの音が小気味よく鳴り響く。
その音を合図にするかのように、影のようにおりてきた隊士たちが、素早くカスタノールの前に整列した。
「みんな、耳にしているかな。夜桜一族の紅子様が襲撃された件を」
集まった精鋭たちを見据え、副司令官・百合花カスタノール(ゆりはな かすたのーる)が冷徹で澄んだ声を落とす。
「はっ! すでに詳細な報告は上がっております!」
一番前に立つ隊士が緊張感を漂わせながら答えた。
「なら話は早い。襲撃の犯人は恐らく、あの暗躍隊だ。だが、あいつらは基本『依頼』でしか動かない。裏で糸を引いているのは、あの雪花蓮雫あたりに違いないと私は踏んでいる。――すぐに雪花一族の周辺を徹底的に監視しろ」
カスタノールが淡々と指令を下すと、隊士たちは一糸乱れぬ動きで「はっ!」と敬礼し、それぞれの任務へと散っていった。
「おや、副官殿。なんであんたがそんなに率先して動いてんすか?」
面倒くさそうに欠伸を噛み殺しながら、一番隊隊長の中里屋莫才がふらっと姿を現した。その胸ポケットからは、小さな黒猫・ルシアンがひょっこりと顔を出し、カスタノールを警戒するようにじっと見つめている。
「……西田川様のご指示だ。黒椿様も、今回は雪花蓮雫の動きが怪しいとおっしゃっているらしい」
カスタノールはちらりと莫才に冷たい視線を向けたが、すぐに視線を外し、遠くの空を見上げた。
「……へー。まじで雪花蓮雫のじじいが黙っちゃいなかった、ってわけか」
莫才はつまらなそうにつぶやくと、カスタノールに背を向けた。
「西田川さんの邪魔はする気はないんでね。あんたの邪魔をするつもりもないが……。万が一にも、あの人の足引っ張るような真似したら、俺があんたを潰すからな」
それだけ吐き捨てると、莫才は胸ポケットで心配そうに自分を見上げるルシアンの頭を、手のひらで優しく包み込み、その場から立ち去った。
「……足引っ張るわけねぇだろ」
背中に向けて小さく息を吐いたカスタノールは、ふと遠い記憶に思いを馳せる。
自分は、異世界から来た戦闘狂の父・カカルスと、百合花一族の分家出身である母・百合花美杏の間に生まれた。
両親が「カカルスの故郷の世界へ旅行に行く」と言って数年間、留守にしている間、必死に努力を重ね、若くして特殊治安部隊の副司令官まで上り詰めたのだ。
柘榴に拾われてこの部隊に入った時も、母・美杏は我が事のように大喜びしてくれた。
両親が旅行から帰ってきたあと、柘榴が将軍・神楽之助と皇帝に直接頭を下げてくれ、正式に「百合花」を名乗ることが許された。
だが、その時――表向きには知られていないが、柘榴の背後でその根回しを完璧に整えたのは、他でもない黒椿与四郎であり、さらにその裏で糸を引いていたのは、まだ当時当主になる前の若い夜桜蜜柑だったのだ。
(黒椿様は、なぜ柘榴様がこれほど夜桜蜜柑を嫌っているのかをご存知の上で……俺たちを動かしている。蜜柑という男も、巡り巡れば俺たちの恩人ではあるんだがな)
カスタノールにとって、蜜柑の存在は複雑だった。
もちろん、今の自分があるのはすべてを拾ってくれた柘榴のおかげであり、彼の掲げる背中を強く敬愛している。柘榴のためなら、自分の命など惜しくはない。
「カスタん! さすがカカルスと私の子だわ! 副司令官だなんてすごすぎるじゃない!」
かつて満面の笑みでそう褒めてくれた母・美杏の顔や、血の気の荒い戦闘狂の父カカルスが、唯一頭を下げてくれた柘榴への感謝の姿が脳裏に蘇る。
(俺が柘榴様の足を引っような失態を犯したら、切腹どころじゃすまない。……いや、それ以前に、あの夜桜蜜柑にすらタダじゃおかれないだろうよ)
苦い笑みを一つ零すと、カスタノールはカチリとカスタネットを軽く鳴らし、瞬く間にその場から姿を消した。




