第6話:暗殺の影と、路地裏の圧倒的な背中
数日後。
暗躍隊の隠れ屋敷に、雪花一族の使者がひそりと足を踏み入れていた。
「……夜桜紅子の暗殺、ねぇ。また随分と物騒な依頼を持ってくるじゃないか」
使者を目の前にして、暗躍隊頭領の暗黒五助は不敵な笑みを浮かべる。
「こちらが前金の依頼料になります。蓮雫様は、暗躍隊の腕を見込んでこの仕事を託しておられます」
使者がずしりと重い木箱を差し出す。
五助はそれを無造作に受け取り、ちらりと中身を確認した。
「おいおい。人の命を消す大仕事の割に、報酬がこれだけかよ」
五助はフッと鼻で笑い、そのまま木箱を使者に突き返す。
(雪花一族になんて忠誠心ないし、第一、紅子を殺す理由がどこにもねぇよな。そもそも、若い女の命を奪うなんて柄にも合わねぇし、可哀想だろ)
五助は頭の中で計算を巡らせる。紅子がいなくなれば、黒天は好きでもない政略結婚から解放されるかもしれないが、だからといって黒天のためにわざわざ手を汚す義理もない。
使者は「持ち帰って蓮雫様に相談します」と言い残し、慌てて姿を消した。
「……まあ、あそこのじじいが報酬の金額を上げてきたら……とりあえず、若いのでも送り込んでやるか。最近、いい仕事ないし」
ぼそっと呟きながら、五助は頭の片隅で「あ、暗殺なんて受けたら、あの莫才が黙ってねぇかもなぁ」とくだらないことを考えていた。
その翌日。
案の定、雪花蓮雫の使者は前回提示された倍の金額を持って再び現れた。そこまで積まれたら「断る理由がねぇな」と、五助はあっさりその依頼を引き受ける。
「……仕事だ。お前ら、いい肩慣らしだ。夜桜の小娘を暗殺してこい」
五助は新人隊士たち数十人にそう指令を出した。
(……悪ぃね。恨むなら、俺らじゃなくて雪花蓮雫のじじいを恨みな)
五助は煙草の煙を吐き出しながら、誰にともなくそう呟いた。
◇
それから2日後。
紅子は侍女の莉子を連れ、気分転換にと城下町へ繰り出していた。
あいにくこの日は、婚約者である黒天が重要な公務に追われており、同行することができなかった。
少し買い物を楽しんだあと、近道をしようと人通りの少ない静かな路地に足を踏み入れた瞬間――空気がガラリと変わった。
「そこまでだ、夜桜の小娘!」
物陰から、暗躍隊の新人衆が数十人一斉に飛び出し、紅子と莉子を完全に包囲した。
「伏せてください! 紅子様をお守りしろ!」
川神東真の鋭い叫び声と共に、護衛隊の面々が即座に刀を抜き、紅子の前へと立ちはだかる。しかし、敵の数は多く、歴戦の暗躍隊を相手に護衛隊は防戦一方へと追い込まれていく。
東真が必死に剣を振るうも、多勢に無勢でじわじわと追い詰められていく。
(くそっ……! このままでは紅子様に手が届いてしまう……!)
その時、静まり返った路地に、冷たい風が吹き抜けた。
「……下がれ」
気配もなく、一瞬にして敵の真っただ中に現れた影。
それは、黒天直属部下隊長――高野瀬白夜だった。
東真がふと視線を向けた瞬間、白夜は音もなく刀を抜き放ち、眼前の敵へと疾風のように斬り込んだ。
すさまじい剣技と圧倒的なスピード。一瞬の瞬きすら許されない間に、襲いかかってきた暗躍隊の新人たちは次々と斬り伏せられ、地面に崩れ落ちた。まさに圧勝だった。
息を呑み、呆気にとられながら「助かった……」と胸をなで下ろそうとした東真に、白夜は氷のように冷たい視線を向けた。
「……その程度の腕で、紅子様をお守りできるとでも思っているのか? ……俺が間に合わなかったら、どうするつもりだった」
見下ろすような低い声に、東真は助けてもらった手前、悔しさで歯噛みしながらも何も言い返すことができなかった。
白夜は小さく冷ややかなため息をつくと、敵の気配が消え去った路地を進み、紅子と莉子の元へと歩み寄った。
「お怪我はありませんか、紅子様」
感情の読み取れない、淡々とした声で問いかける白夜。
その端正な顔立ちと、圧倒的な強さを目の当たりにした紅子は、トクン、と自分の胸が大きく高鳴るのを感じた。
(……すごい。なんて、強さなの……)
それは、ただの「兄の部下」でも「婚約者の部下」でもなく、ひとりの男として、紅子が白夜という存在をはっきりと強く認識した瞬間だった。




