第4話:城下町デートと、バチバチな護衛たち
「――たまにはふたりでゆっくり過ごし、仲を深めてこい」
主君である蜜柑のそんな言葉を受け、黒天は少し硬い表情のまま紅子を城下町へ誘った。
表向きはのどかな散策デートだが、主の安全とプライベートを守るため、黒天直属の部下たちと紅子直属の護衛隊から合わせて数名が、周囲に完璧に擬態してその背後を徹底マークしている。
もちろん、そのさらに一歩後ろでは、侍女の莉子が温かい目で見守りながら付き従っていた。
華やかな通りを並んで歩くふたりの姿に、道行く人々が次々と視線を送る。
「あら、夜桜の紅子様じゃない。隣にいるのは、噂の婚約者の方かしら」
「……夜桜様の側近の方よね。たしか元・黒侍組の強豪侍だった方でしょ?」
【黒侍組】侍の実力者たちが集う集団。
その中でも最高位の腕前の者らが【強豪侍】の称号を与えられていた。
あちこちから聞こえてくるヒソヒソ声に、紅子は小さくくすっと笑い、自分の半歩前を歩く黒天の背中をふと見上げた。
「……どうかされましたか、紅子様?」
視線に気づいた黒天が、少しぎこちなく足を止めて振り返る。
「……いえ、なんでもありませんわ」
紅子は慌てて視線を逸らし、そっと胸を躍らせる。
(お話には聞いていたけれど、本当にすごい方なのね……。私の周りにいる護衛たちとは、どこか纏う空気が違うわ)
紅子はこっそりと、しかし確かな尊敬の眼差しを新郎となる男に向けた。
その頃、ふたりの少し後方。建物の陰や屋根の上では、お互いのプライドをかけた「護衛たち」が早くも火花を散らしていた。
「……おい、なんで貴様がここにいる?」
紅子直属護衛隊隊長・川神東真が、黒天直属部下隊長の高野瀬白夜を鋭く睨みつける。
「……黒天様をお守りするのに、直属の俺がいないほうがおかしいだろう」
白夜は冷徹な視線をわずかに向けただけで、全く取り合わない。
「こっちは俺らがついている! 貴様がいなくたって紅子様はお守りできるんだよ!」
東真が低く威嚇するように言い返す。
「ふん。なぜ、我らの上官の伴侶となられるお方を、貴様らのような頼りない連中に託さなければならんのだ」
白夜が冷たく言い放つと、東真の額に青筋が浮かんだ。
「……はぁ。なんか、すっごくバチバチしてません?」
その後ろで、莉子がやれやれといった様子で白夜たちにちらっと視線を向ける。
「気配はしっかり感じるのに、誰も姿を現さないなんて……さすがねぇ」
そんなピリついた空気の中、ふと紅子の足が止まった。
「……あ」
通り沿いの店先に飾られていた、繊細な細工の簪に視線を奪われている。
「……もしや、あれが気になりますか? でしたら、少し店に寄りましょう」
黒天が声をかけ、紅子と莉子を連れて店の中へと入っていった。
その直後、静かな散策ムードをかき消すような怒声が城下町に響き渡った。
「くぉらぁ! 待てやぁ!」
店先で物を盗んだらしい怪しい侍二人組が、ものすごい勢いで通りを駆け抜けていく。そのすぐ後ろを、特殊治安部隊の面々が鬼の形相で追いかけていた。
「だからぁ! これ使いなって! こっちの方が早いし確実っすよ!」
いつの間にか野次馬に混じっていた変な他種族の男が、面白半分に奇妙な形をした拳銃を治安部隊の隊士に差し出す。
「いや、だから! 俺らは国家機関の人間だっての!」
隊士のひとりが必死に怒鳴り返す。
「よくわかんないけど、撃てばいいんだな!」
焦った別の隊士が、勢い余って変な他種族から銃をひったくり、手探りのまま引き金を引いた。
――ドカンッ!!
「ぎゃっ!」
発砲された弾丸は、逃げる盗人の片方の顔面スレスレを凄まじい風圧でかすめ、あまりの恐怖に盗人二人は盛大にすっ転んだ。そこへすかさず他の隊士たちが飛びかかり、見事にその場で取り押さえる。
しかし、撃った本人の隊士は反動で後ろへ派手に吹っ飛び、「うわあぁ!」とひっくり返って目を回していた。
「おー、一発で捕まえられたね!」
変な他種族の男が、手を叩いて笑っている。
その一部始終を少し離れた場所から目撃していた白夜は、深々と大きなため息をついた。
「……あんな得体の知れないもんに頼るなんて、治安部隊も落ちたものだな……。情けない」
一方、店の窓からその騒ぎの一部始終を見ていた黒天は、「れっきとした公務なのに、相変わらず騒がしい連中だ」と心の中で呆れつつ、ふっと視線を逸らした。
そして、目の前で美しい簪を嬉しそうに手に取っている紅子へと、静かに視線を戻すのだった。




