第3話:隠れ屋敷の密談と、皇城の少女
暗躍隊の隠れ屋敷。
昼間から薄暗い部屋の真ん中で、暗躍隊の頭領・暗黒五助は、向かいの席に気怠げに腰掛ける莫才に意地悪く笑いかけた。
「夜桜のお嬢様と黒天の話は、もう耳に入ってるだろ。治安部隊なんて、上が動かねぇからなーんもできねぇっしょ」
「そうなんだよなぁ。黒椿様の指示無しじゃ一歩も動けんってさ」
大きなため息をつきながら、莫才は慣れた手つきで煙草に火をつけた。
「殿が『やれ』と言えば一発で動けるのにな。まあ、無理か。あの将軍様は国が平和に回りさえすりゃ、中のいざこざなんて知ったこっちゃねぇからなぁ」
五助は異界から流れてきた甘いミルクコーヒーのボトルを傾け、美味しそうに喉を鳴らした。
「……五助さぁ、お前それ毎回飲んでるな。そんなに美味いのかよ」
莫才が呆れたように笑う。
「おう、めちゃくちゃ美味ぇぞ。飲むか?」
五助がスッとボトルを机の上に差し出す。
「……いや、いい」
莫才は力なく笑って首を振った。
「まあ、心配しなくても、いざとなりゃ俺らが暴れてやるよ。しかし、あの黒天のやつ、なんであんなに夜桜蜜柑なんかに心酔してんだろな。結婚相手まで押し付けられてさ。……ま、あのお嬢様自体は、たまに見かけるが、なかなかいい女だけどさ」
かつて特殊治安部隊の上層部、そして同じ黒侍組の強豪侍として共に汗を流した黒天の姿を思い出し、五助は鼻でふっと笑う。
「――で、本当にその黒猫、いつも連れて歩いてんな」
五助の視線が、莫才の胸ポケットでぴくりと動いた小さな生き物に注がれた。
「なんだかんだで、こいつ可愛いからよ」
莫才が優しく指先でルシアンの頭をなでる。撫でられたルシアンは嬉しそうに莫才を見上げたが、すぐに五助をキッと睨みつけた。
「……あたしの莫才様になんか変なことしたら、許さないんだから!」
ルシアンが人間の言葉で威嚇しながら、五助にあっかんべーと舌を出す。
その人間の少女のような勝気な仕草に、五助と莫才は思わず吹き出した。
「なあ、莫才。……うちの組織に来ねぇか? その黒猫の戦闘力も合わせたら、うちじゃ最強クラスだぜ」
ダメ元で、五助が真剣な瞳で誘う。
「……誘いは嬉しいけどさ、俺は西田川さんをお守りしてぇんだ」
莫才は申し訳なさそうに、しかしきっぱりと首を横に振った。
「そっか。……まあ、しゃあねぇか」
(西田川柘榴、か。俺よりあいつの方が、莫才からそこまで慕われる理由が、どうにも分かんねぇな)
五助は内心で苦笑しつつ、ミルクコーヒーを一口含んだ。
◇
その頃、都にある荘厳な皇城の庭園。
「あら、雷刹。今日はどんな面白いお話を聞かせてくれるの?」
季節の花が咲き誇る庭を歩いていた皇帝の娘――姫巫女・百合花青藍が、ふと現れた雷刹を見つけて無邪気に笑いかけた。
「姫。今日も元気そうだねぇ。ちょうど、姫が好きそうな噂話が転がってたからさ」
雷刹は柔らかい笑みを浮かべ、青藍の歩幅に合わせて歩く。
「……姫巫女様。またその様な、得体の知れない他種族の者と親しくなさるものではありません」
少し離れた場所から、厳格な女官が大きなため息をつきながら苦言を呈した。
「いいじゃないの。雷刹は、私に意地悪しないもの。優しいのよ」
青藍は少し不貞腐れたように頬を膨らませる。
「すんませんねぇ、ただ世間話しに来ただけなんで」
雷刹は女官に軽く片手を上げて謝意を示し、再び青藍に向き直った。
「でね、あの夜桜一族の令嬢が、トップの直属の部下と婚約したんだってさ」
雷刹が何気ない調子で告げる。それを聞いた女官は、興味なさそうにそっと城の奥へと引っ込んでいった。
「政略結婚、なのかな……?」
青藍は少しだけ瞳を伏せ、寂しげに問いかける。
「さあね。もともと恋人同士だったって話は聞かねぇから、そういうことなんじゃねぇの」
雷刹は淡々と答える。
「……私は、どうなるのかなぁ」
青藍は自分の運命を重ね合わせるように、小さく呟いた。
「……姫巫女様は、いずれ他国に嫁ぐのが決まりだもんな」
雷刹は少しだけ表情を曇らせ、青藍の柔らかい髪を不器用に、しかし切なげに撫でた。
シリアスな政局の裏で、それぞれの想いや思惑が、静かに、そして複雑に糸を絡ませ始めていた。




