第23話:高野瀬家の食卓と、鬼畜兄への探り
その日の夜、高野瀬家。
重厚な屋敷の居間で、白麗は両親と共に穏やかなお茶の時間を過ごしていた。
厳格な黒侍組の上層部である父親・高野瀬凰蓋と、忍びの里出身で今も鋭い洞察力を持つ母親・高野瀬彩女。二人の向かいに座る白麗は、湯呑みから立ち上る湯気をぼんやりと見つめていた。
「……で、兄者は今日は帰って来ないのですか?」
白麗がお茶を一口飲んでから、何気ない調子で尋ねた。
「まだ帰ってきていないわよ。相変わらず夜桜一族の護衛や訓練で忙しいみたいだからね」
母・彩女が優しく微笑みながら答える。
「どうした、白麗? お前が自分から白夜の近況を聞くなんて珍しいじゃないか」
父・凰蓋が、片方の眉を上げて面白そうに白麗の顔を覗き込んだ。
「い、いえ……。この間、野ばら様の護衛で夜桜邸にお伺いしたから、なんとなく気になって……」
白麗は慌ててごまかした。
(……いくらなんでも、「夜桜一族の令嬢である紅子様が、あんな鬼畜な兄者を本気で慕い始めてるんです」なんて口が裂けても言えるわけないわ。そんな爆弾発言をしたら、母上が驚きのあまり気絶しちゃうわよ)
「それにしても、白麗。お前は本当に我が家の誇りだ。将軍様直属の『最強くノ一』として認められ、野ばら様の護衛まで任されているのだからな」
凰蓋が我が子の成長を心から喜ぶように、嬉しそうに目を細めた。
「そんなの、兄者には到底及びませんよ。なんせ兄者は、殿より恐ろしいと言われているあの夜桜蜜柑様に直接使われているんだから」
白麗がクスッと笑うと、凰蓋は「ははは、確かにそうだな!」と豪快に笑い声をあげた。
「我が子ながら、まったく頼もしい限りだ」
その時――「ただいま戻りました」
無造作に引き戸が開き、疲れたような、しかし微塵も隙のない足取りで白夜が居間へと入ってきた。
「おかえり、白夜。今日も遅くまでご苦労様」
彩女が温かい笑顔で息子を迎える。
「兄者、お久しぶりです」
白麗がちらりと白夜に視線を送った。
「……白麗か。お前も来ていたのか。相変わらず元気そうだな」
白夜は面倒臭そうに短く返すと、椅子に腰を下ろした。
(うーん……。確かに、近くで見れば整った顔立ちだし、鍛え上げられた体つきは男性的で、おまけに剣術の腕は最高位。……世間の女性がこういう硬派な男に惹かれちゃう気持ちは、分からなくもないけれどさぁ……)
白夜の横顔をじっと観察しながら、白麗はあの可憐な紅子がなぜ自分の兄などに心を奪われてしまったのか、その謎を解き明かそうと必死に分析していた。
「……おい。何をそんなに見てやがる。気色悪い」
白夜が、まるで道端の虫けらでも見るような冷ややかな目で白麗を睨みつけた。
「失礼ですね! これでも私、殿から『いい女だ』ってお褒めの言葉をいただいてる人気者なんですけど!」
白麗はぷいとそっぽを向いて見せた。
「……そんなお世辞と本音くらい、いい加減に見極めやがれ。色気づきやがって」
白夜は呆れたように鋭い視線を浴びせると、手慣れた手つきで細い煙草に火をつけた。
「ふっ、相変わらずだな、白夜は。白麗をからかうのはそれくらいにしておけ」
凰蓋が茶を飲みながら愉快そうに笑い、彩女もそれに釣られてクスクスと声を殺して笑った。
(……よし、今のうちだ)
白麗は心の中で気合を入れ直すと、兄の反応を探るためにあえて踏み込んだ質問を投げた。
「ねえ、兄者。そういえば、兄者って恋人とか……そういうの、作らないんですか?」
――シバかれるかもしれない、と内心ビクビクしながらのカマかけだった。
「………は?」
白夜の手がピタリと止まる。一瞬の静寂の後、白夜は信じられないものを見るような目をすると、盛大に大きな溜息を吐き出した。
「バカタレ。そんな暇な時間なんてあるわけねぇだろ。このスットコドッコイが」
「……す、スットコドッコイって……!」
あまりの直球な罵倒に、白麗はぷるぷると全身を震わせた。
「……ぷっ」
耐えきれなくなった彩女が盛大に吹き出し、凰蓋はたまらず天井を仰いで肩を揺らした。
「じ、じゃあ! 密かに好きな子とか、そういうのはいないのですか!?」
引き下がらずに白麗がムキになって喚き立てる。
「はあぁ!? なんだそりゃ、そんなベラベラと答える義理はねぇわ!」
白夜もカッとなって声を荒らげる。
「……そう。まあ、兄者みたいな血も涙もない鬼畜を好きになるような物好きなんて、この世にいるわけないですよねー!」
勝ち誇ったように白麗が言い放った瞬間、白夜のスイッチが入った。
「貴様……! 今、確実に俺をバカにしたな!?」
「事実を言ったまでです!」
いつもの悪友のような、しかし激しい兄妹喧嘩がその場で勃発する。
「父上と母上まで!面白がってないで白麗をどうにかしてください!」
白夜が不満そうに喚き散らす横で、凰蓋と彩女は顔を見合わせ、声を殺して心から楽しそうに笑い合っていた。
張り詰めた仕事の日常から離れ、高野瀬家には、こうして賑やかであたたかな時間が穏やかに流れていくのだった。




