第22話:打ち明けられた秘密と、天井裏のパニック
しんとした茶室。
いつもなら優雅に季節の和菓子を楽しんでいるはずの紅子は、湯呑みを両手で握りしめたまま、どこか落ち着かない様子で視線を泳がせていた。
「紅子ちゃん? どうしたの? なんだか今日はソワソワしているように見えるけれど……」
対面に座る将軍の妹・椿月野ばらが、不思議そうに首を傾げて問いかける。
「……えっと。私、自分が恐ろしいのです……」
紅子は俯き、蚊の泣くような声で絞り出した。
「恐ろしい……?」
「……私には、黒天様という本当に素敵な婚約者がおられますのに……あろうことか、黒天様の部下の方を……素敵だと思ってしまって……。そんな自分が、恐ろしくてたまらないのです……」
紅子は震える唇を固く噛み締め、涙ぐんだ瞳を野ばらに向けた。
「……………え!?」
野ばらは驚きで目をパチクリと丸くした。
(嘘でしょ!? あの紅子ちゃんが……!? 兄の蜜柑さんが決めたことなら何ひとつ疑わずに従ってきたあの純真な紅子ちゃんが、決められた婚約者以外の男性に心を奪われそうになってるなんて……!?)
衝撃を受けつつも、野ばらは慌てて頭をフル回転させ、泣き出しそうな紅子を傷つけないよう最適な言葉を模索する。
「野ばら様、私、どうしたらよろしいのでしょう……? 黒天様は、いつでも私のことを第一に考えて大切にしてくださっています。私も黒天様のことを、心から大切に思っているのです。……なのに……っ」
紅子の大きな瞳から、溜まりきった涙がぽろりとこぼれ落ちた。
「あ、慌てないで、紅子ちゃん! 決まったお相手以外の方を『素敵だな』って思うこと自体は、全然悪いことじゃないわよ!? 私だって憧れている男の人なんてたくさんいるもの! 強豪侍の方々なんて、皆さん本当にお強くって素敵じゃない。黒天さんを大切に思う気持ちがあるなら、それは決して裏切りなんかじゃないわ!」
野ばらは必死に微笑みを浮かべ、優しく包み込むように語りかける。
「……ですが、胸が痛むのです……。白夜様のお姿を見ると……どうしても、目が離せなくなってしまうのです……」
紅子の頬を、涙が一筋静かに伝っていった。
(ちょっと待って、本気じゃないのーっ!? 桜楽! 白麗もどこかに潜んでるんでしょ!? 私どうしたらいいのよ、紅子ちゃんが泣いちゃったじゃないのよーっ!)
内心で大パニックを起こした野ばらは、どこかの天井裏に潜んでいるはずの配下・藍芽久桜楽と、将軍直属の忍び集団所属で野ばらへの情報流し役を務める高野瀬白麗へ、悲痛な心の叫びを送っていた。
――ちなみに、この白麗こそが、他ならぬ「白夜の妹」であった。
「……えぇ!? 紅子様、兄者を……!?」
天井裏の暗闇の中、息を潜めていた白麗が、完全に青ざめた顔で絶句していた。
「なんとまあ……。野ばら様もすっかり困惑してらっしゃるわね」
隣に潜む白麗と友人関係にもある桜楽は、苦笑いを浮かべながら白麗を見つめている。
白麗は忍び集団の「現・最強くノ一」であり、将軍・神楽之助から絶大な信頼を得て、お忍びで出かける野ばらの護衛も担っていた。
「……落ち着いて、紅子ちゃん。ね? ……そうだわ! 黒天さんとふたりきりで過ごす時間を、もっと増やしてみるのはどうかしら? そうすれば、やっぱり黒天さんの方が素敵だって、改めて実感できるかもしれないわ!」
頭を爆発させそうになりながらも、野ばらは優しく提案してみせる。
「ねぇ、白麗。野ばら様って、あんたのお兄様がその黒天様の部下の『白夜様』だってご存知なの?」
天井裏で、桜楽が白麗の肩をツンツンと突きながら囁いた。
「……たぶん、ご存知ないと思うわ。というか……あの兄者は、身内から見ても相当なドSよ……? 紅子様、あんな鬼畜な兄者で本当に大丈夫なのかしら……」
白麗は冷や汗をダラダラと流している。
「……いや、別に白夜様が婚約者に取って代わるわけではないと思うけれどねぇ」
桜楽は呆れたように大きなため息をついた。
その頃、茶室の扉の外。
(……え……?)
お茶の差し替えを運んできて、扉をノックしようとしていた侍女の莉子は、偶然漏れ聞こえてしまった二人の話し声に、完全に固まっていた。
手に持ったお盆がガタガタと震える。
紅子様が心を寄せている相手が、黒天の部下である高野瀬白夜であるという、とんでもなさすぎる衝撃の事実に――莉子はただただ、息を飲むことしかできなかった。




