第18話:揺れる視線と、潜む闇
稽古場の隅に静かに佇み、紅子は護衛隊の特訓を見学するようになっていた。自分のために泥にまみれ、必死に剣を振るう東真たちの姿を、彼女はあたたかく優しい眼差しで見守る。
容赦なく怒声を上げる白夜の姿に苦笑いを浮かべつつ、必死に食らいつく東真たちの奮闘に心を寄せていた。
「紅子様、こちらで見学ですか?」
いつの間にか隣に並んでいた黒天が、柔らかく問いかける。
「はい。皆様が私のためにあんなにも頑張ってくださっているのですもの。しっかりとこの目に焼き付けておきたいのです」
紅子がふわりと微笑みを向けると、黒天もまた穏やかな表情を浮かべた。
「……あいつらは、本当に幸せ者ですね」
「それにしても……白夜様は、思っていた以上にお厳しい方なのですね」
紅子は、副隊長の愛太郎を容赦なく叱咤している白夜へと目を向けた。
「まあ、白夜は自分にも他者にも厳しい男ですから。ですが、実力と指導力は本物です。旦那様も、白夜の教官としての腕を高く評価しておられますよ」
黒天の言葉に、紅子は静かに頷いた。
「そこ! 足腰が全くできていない! 外周10周走ってこい!」
道場内に、再び白夜の容赦ない怒声が響き渡る。
「紅子様、旦那様がお探しでございますよ」
莉子が後ろからそっと声をかけた。
「ええ、今行きますわ」
紅子は莉子に返事をすると、黒天へ丁寧に頭を下げた。
そして、立ち去り際に――自分でも意識しないまま、ふと白夜の方へと視線を定めた。
汗を散らしながら指導に当たる白夜の姿を最後にしっかりと確認すると、どこか名残惜しさを胸に抱きながら、そっと道場を後にする。
その繊細な視線の動きには、誰も気づかない。
そして当の紅子自身すら、なぜ自分が最後に白夜を見つめたのか、なぜ去り際に胸が少しキュッと痛んだのか、その理由に気づいてはいなかった。
「貴様ら! いつまで弱いままでいる気だ! 早く向かってこんか! 貴様らが伸び悩んだら、俺の教官としての評価にも関わるだろうが!」
白夜の容赦ない叫びが再び響く。
「……あはは、それ言っちゃうんだ」
横で聞いていた柚葉が、可笑しそうにクスリと笑う。
「誰が貴様の評価のために鍛錬してやるかぁッ!」
汗だくになった東真が、木刀を握りしめながら叫び返した。
「ハッ、久しぶりに骨のある反論をしてきたじゃないか」
白夜は東真に向けて、どこか不敵で満足げな笑みを浮かべた。
あの日、さぐめから白夜の過去や評価を聞いて以来、東真は「くだらないプライドで歯向かうヒマがあるなら鍛錬しろ」と自分に言い聞かせ、泥臭く食らいついていた。だが、まさか本人から「自分の評価」という言葉が出るとは思わず、(こいつ、やっぱりただの血も涙もない鬼畜か……!?)と心の中で突っ込まずにはいられなかった。
「……隊長ってば。相変わらず言葉足らずで口が悪いんだからなぁ」
仁烈が呆れ半分、苦笑い半分で呟く。
「……ふっ、相変わらずだな、白夜は」
遠巻きにその様子を眺めていた黒天は、満足そうにフッと口元を緩めると、静かにその場を後にした。
◇
その頃、雪花一族の本邸。
当主の雪花蓮雫は、一人暗い部屋で深く考え込んでいた。
屋敷の周囲に特殊治安部隊の監視がついていることは百も承知だ。今は下手に刺客を放つなどの大きな動きは取れない。だが、このまま指をくわえて夜桜一族の独走を許すつもりもなかった。
「……黒椿の狸め。治安部隊を犬のように使ってワシを監視させるとはな」
忌々しそうに茶杯を叩きつける。
「あんな夜桜蜜柑のような若造に媚びを売りおってからに……。それにしても、『月影』が全く動きを見せぬのが解せんな。まさか、あの月影一族の当主まで夜桜蜜柑の手中に収まっているとでもいうのか……?」
蓮雫の脳裏に、普段から滅多に表舞台に現れず、不気味な静寂を保っている月影一族の当主――月影卓楼斗の影が、不穏に浮かび上がっていた。




