第17話:組織の板挟みと、それぞれの忠義
特殊治安部隊の本部、総司令官室。
重厚な机の前に座る総司令官・西田川柘榴は、副司令官の百合花カスタノールから差し出された一通の報告書にゆっくりと目を通していた。
「……ふーん。やっぱり雪花蓮雫、あそこの爺さんは黒だな。まあ、あの世代の古株からしたら、若い夜桜蜜柑が自分より上で幅をきかせるのが面白くなくて仕方ねぇんだろうよ」
柘榴は面倒くさそうに息を吐くと、報告書を机の上に無造作に放り投げた。
「では、どう処置なさいますか?」
柘榴の前で背筋を伸ばし、静かに立つカスタノールが淡々と問いかける。
「今のところは徹底的な監視を続けろ。向こうが何か変な動きを見せたら、その時は一気に踏み込む」
柘榴は表情を微動だにさせず、冷徹に言い放った。
「承知いたしました」
カスタノールが美しく一礼する。
その時、控えめなノックの音が響き、扉が開いた。
「――西田川さん、お呼びでしょうか?」
一番隊隊長の中里屋莫才が、気怠げな足取りで部屋に入ってきた。
彼はカスタノールの隣に並ぶと、ちらりと横目でカスタノールと視線を交わす。
「……莫才。お前、暗躍隊の頭領と今でも親しくしてるって噂だが、本当か?」
柘榴が、いつになく鋭い眼光を莫才へと向けた。
「っ……!」
莫才が一瞬、息を飲む。それでも何とか平静を装おうと口を開いた。
「……なんのことですか、突然」
「白々しい真似はよせ。分かってんだよ。お前が以前からあいつと仲が良かったのは知ってる。だがな、相手は今や『暗躍隊』の頭領だぞ。どれだけ昔馴染みだろうと、人を選べ」
柘榴は深い溜息をつき、頭を軽く揉んだ。
そのやり取りを聞いていたカスタノールは、わずかに目を丸くして驚きの表情を浮かべる。
「……紅子様の事件が起きて以降、あいつとは一切会っていませんよ」
観念したように、莫才は肩を落としてそう吐き捨てた。
すると、莫才の胸ポケットからヒョイと黒猫の姿をしたルシアンが顔を出し、心配そうに、そしてどこか悲しげな目で莫才の顔を見上げる。
「ならいい。自分の置かれている立場をよく考えろ。ただの一般人や、うちを円満に辞めただけの奴なら文句は言わん。だが、今のあいつは『罪人』だ。首に莫大な懸賞金までかけられている指名手配犯と、うちの上層部が裏で繋がっているなどと発覚したら、組織の存続に関わるんだよ」
柘榴の言葉には、部下を路頭に迷わせたくないという重い親心と、総司令官としての厳しさが入り交じっていた。
「……申し訳ございません」
莫才はこれ以上言い訳できず、深く、深く頭を下げた。
「……お前のことをこんなところでクビにしたくねぇからよ。頼むから自重してくれ……おい、ルシアンも、ちゃんと主人の見張りを手伝えよ」
柘榴が呆れたように、胸ポケットのルシアンへ視線を向けた。
「ごめんなさぁい……」
ルシアンは小さく謝罪の声を漏らすと、すっとポケットのなかに引っ込んでしまった。
「まったく、何をやっているんだか……」
隣に立っていたカスタノールは、呆れと軽蔑が混じった冷たい視線を莫才に浴びせる。
そのまま用件を終え、総司令官室から退出していくカスタノール。
しかし、廊下に出たところでふと足を止め、背後に続く莫才を鋭く振り返った。
「中里屋さん。あんた、西田川様の足を引っ張るつもりか?西田川様をこれ以上悲しませるような真似をするなら……俺が絶対に許さない」
氷のように冷たい言葉を残すと、カスタノールは足早にその場を去っていった。
一人残された廊下で、莫才は力なく項垂れた。
本音を言えば、久しぶりに五助の顔を見て酒でも酌み交わしたい。けれど、それ以上に情に厚く厳しくも優しい柘榴という男を誰よりも深く尊敬している。
(五助の野郎……。あんな暗殺依頼なんか引き受けやがって、何考えてやがるんだよ……)
組織の板挟みになり、身動きが取れなくなった莫才は、ただ重いため息を一つ零すのだった。




