第16話:知られざる事実と、思い描く背中
地獄のような特訓が終わり、道場から離れた静かな木陰。
東真は全身の力めがけて打ちのめされたように、ボロボロの状態で地面に座り込んでいた。
自分たちは汗だくで息も絶え絶えなのに、白夜たちは最後の最後まで涼しい顔で余裕を見せていた。
何が違うのか。月ヶ瀬黒天や烏山冬華の直属ともなれば、みんなあんな化け物みたいなものなのだろうか。
――実は東真は、白夜たちがかつて修羅場を潜り抜けた【黒侍組】出身であることも、白夜が圧倒的な実力を誇る強豪侍だったことも何も知らなかった。柚葉が総司令官の西田川柘榴に憧れていることは知っていたが、「まあ、強い男が好きなミーハーなんだろう」くらいにしか考えていなかったのだ。
「あれ? 東真じゃん。こんなところでどうしたの?」
ぼんやりと虚空を見つめていると、不意に声をかけられた。
顔を上げると、そこにいたのは蜜柑直属護衛隊に所属する中村さぐめ(なかむら さぐめ)だった。
「……あー、さぐめか」
東真は力なく、うなだれたまま答えた。
「めちゃくちゃ疲れきってんじゃん。大丈夫?」
心配そうに覗き込みながら、さぐめは東真の隣にストンと腰を下ろした。
「……まじで、しんどい。あいつ、なんなんだよ……」
東真は膝に顔を埋め、ぽつりと弱音を吐き出した。
プライドが高い東真は、普段の部下の前では弱音や愚痴など絶対に吐かない。護衛隊の「隊長」として、常に強く頼もしく見せなければならないと気負っているからだ。
しかし、なぜかさぐめの前では、自然と本音がこぼれてしまうのだった。
「誰のこと? そんなにボロボロになって」
さぐめが首をかしげる。
「白夜だよ。黒天様直属の……今日からあいつに稽古つけられてよ……」
東真が鬱陶しそうに頭をガシガシとかきむしる。
「あー、あの人の指導ね。容赦ないもんねぇ」
さぐめはクスリと苦笑いした。
「…………は?」
東真は動きをピタリと止め、信じられないものを見る目でさぐめを見上げた。
「ん?」
さぐめが不思議そうに目をパチクリさせる。
「……お前、知ってんのかよ?」
「うん。私も昔、あの人の指導を受けたことあるもの」
サラッと返されたその言葉に、東真は我が耳を疑った。
「はあああああ!?!?」
思わず大声で叫んでしまう。
「そんな話、一度も聞いたことねぇぞ!?」
慌てて身を乗り出してまくしたてる東真に、さぐめはきょとんとした顔で答えた。
「……うん。だって、わざわざ言うようなことじゃないし」
「……なんで、お前があいつから指導されてんだよ!」
「だって……旦那様の今の護衛隊が新体制で発足した時にね、新人もまとめて全員叩き直されたのよ。白夜殿、実力だけじゃなくて教官としての評価も高いんだから。本邸の護衛だけじゃなくて、一族の分家の指導を任されることもあるらしいよ」
さぐめはまるで世間話でもするかのようにサラリと言った。
「……お前、よく耐えられたな……?」
東真は目の前が真っ暗になるような思いで、呆気にとられていた。
「うん、まあ。めちゃくちゃきつくて何度も泣きそうになったけどさ。でも、あの時の地獄の特訓があったからこそ、こうして今も旦那様直属の護衛として残れてるわけだし」
さぐめはニコッと晴れやかに笑ってみせた。
(女のさぐめですら、あんな容赦ない修羅場をくぐり抜けてきたってのか……?)
想像するだけで冷や汗が背中を伝う。
「あの人はね、相手が男だとか女だとか、そんなの関係ないの。『最前線の戦場に出るなら、性別関係なく己の牙で食らいついてこい』って感じの人だからさ」
蜜柑の直属護衛隊にも、黒天の直属部下にも、女性の武芸者は何人かいる。
自分たちが「男だから」「護衛隊だから」と無意識に甘えていた一方で、彼女たちはあの鬼のような指導に耐え抜き、実力でその地位を勝ち取ってきた――。
その動かぬ事実に、東真は激しい焦燥と不安を覚えながらも、心の奥底で熱いものが込み上げてくるのを感じていた。
(……俺は、あいつに負けたくない。紅子様をお守りするためにも、ここで弱音を吐いて逃げるわけにはいかないんだ……!)
不安と悔しさが入り混じりながらも、東真の中で「絶対に強くなってやる」という新たな決意が、静かに、しかし確実に芽生え始めるのだった。




