第14話:芸者の告発と雷刹の隠し事
暗躍隊の隠れ屋敷。
昼下がりの縁側に腰掛けた暗黒五助は、気怠げに紫煙をくゆらせながら庭先をぼんやりと眺めていた。そのすぐ傍らでは、黒と桃色の鮮やかな着物に身を包んだ鮎丘水瀬が、感情の読めない無表情のまま、手際よく三味線を奏でている。
「……なぁ、水瀬。俺のあの時の判断は、間違っていたのかな」
遠くを見るような目で、五助はポツリと問いかけた。
雪花一族の蓮雫から持ちかけられた依頼。手始めに新人たちを動かして夜桜の令嬢・紅子を襲わせた。結果として紅子は無傷で守られ、暗躍隊が実行犯であることが瞬く間に世間に露見した。
もともと断る理由もなければ乗り気でもなく、「面倒くさいからとりあえず引き受けて、失敗しようが成功しようがどうでもいいか」という軽い気持ちだった。あわよくば、派手に失敗して「暗躍隊の仕業ではない」と思わせる陽動くらいにはなるだろうという算段もあった。
だが、甘かった。実行犯であることはすぐに見抜かれ、現在、五助の首にかかる懸賞金の額は跳ね上がり、なんと200万通貨にまで膨れ上がっていた。
そして何より、あの騒動以来、莫才がすっかり隠れ屋敷に姿を現さなくなっていた。
「……五助様。ご自身の判断が誤っていたとお思いなのでしょう。そもそも、暗躍隊が受けずとも、あの依頼を請け負う裏稼業の者は他にいくらでもおりましたでしょうに」
水瀬は三味線を弾く手を一ミリも狂わせず、淡々と冷徹な事実を言い放つ。
「――はっきり言うねぇ、お前は」
五助は力なく、自嘲気味にふっと笑った。
「お尋ねになられたのは、五助様ではございませんか」
水瀬はそこで初めて手を止め、スッと三味線を床に置いた。
「にしてもさ、莫才のやつ……本気で怒ってんのかねぇ」
どこか寂しそうに、五助は呟くように零した。
「さあ……どうでしょうか。少なくとも、中里屋様は特殊治安部隊の公式な上層部の方でございます。今や各所から大いに注目を浴び、首に賞金までかけられている五助様に、表立って接触できるわけがありません」
水瀬は姿勢をピシリと正したまま、理路整然と答えた。
「……まあ、それもそうか。しゃあねぇな」
五助は大きく息をつくと、手元のミルクコーヒーのボトルを傾けた。
しかし、水瀬はそのまま静かに視線を落とし、思い出したように言葉を続けた。
「――ですが、五助様。もう一つ、見過ごせない情報がございます。……あの、変な他種族のトップである雷刹という男ですが、ひそかに皇城へと頻繁に出入りしておりますよ。しかも、皇帝陛下と、あの神と祀られる姫巫女様と、非常に懇意にされているとか」
「………は?」
五助の動きがピタリと止まる。持っていたミルクコーヒーのボトルが、危うく手から滑り落ちそうになった。
「それ、マジかよ……? あの雷刹が、百合花の神様と親しいってのか?」
目を見開き、信じられないといった顔で水瀬を直視する五助。
「私独自の、確かなルートで得た情報でございます。……もっとも、ただの話し相手として仲が良いだけならば、政治的な問題には発展しないでしょうが」
水瀬は静かに五助へと頭を下げた。
実は、水瀬の母親は皇城で女官の頭を務めている。そのため、一般の人間が決して知り得ないような宮中の機密情報が、なぜか自然と水瀬の耳に入る環境にあった。もちろん、五助はその事情を一切知らない。
「……お前、いったい何者なんだよ。ただの三味線芸者ってわけじゃなさそうだな……?」
五助は思わず生唾を飲み込み、ゴクリと喉を鳴らした。
「ふふ、私はただの三味線芸者でございますよ。……ただ少し、皇城に関する情報収集と、耳ざくいい噂を聞きつけるのが得意なだけでございます」
水瀬は小さく、不敵に微笑んでみせた。
(おいおい……。こいつ、まさか百合花の一族や皇城と深い関わりのある人間なのか……? いや、それ以上に……あの、自由気ままな雷刹が、よりによって国の最高神である姫巫女様と裏で繋がってやがるだと……?)
莫才が遊びに来ないことや、特殊治安部隊の目を盗んで身動きが取れないことへの懸念など、一瞬にして吹っ飛ぶほどの衝撃的な爆弾発言に、五助はただただ絶句し、冷や汗を流すのだった。




