第12話:鬼教官と、思わぬ増援
夜桜一族の本邸。
微かに冷たい夜風が吹き抜ける庭の片隅で、高野瀬白夜は細い煙草を取り出し火をつけた。そのまま古い塀にもたれかかり、ぼんやりと夜空を見上げている。
「隊長。お待たせしました」
足音もなく、白夜の隣にすっと寄り添ってきたのは、黒天直属部下の副隊長・坂井戸仁烈だった。
彼もまた白夜と同様に、歴戦の猛者が集う【黒侍組】出身の男である。
「……呼び出して悪かったな。旦那様から、紅子様の護衛隊に稽古をつけてやれと命じられた。お前も手伝ってくれないか?」
白夜はちらっと仁烈に視線を向け、青白い煙を吐き出した。
「もちろん。俺で良ければ喜んで手伝いますよ」
仁烈は迷う素振りも見せず、即座に快諾した。
「おう、頼むわ。にしてもだ……あいつら、あんな頼りない有様で、よく今まで護衛なんて大役が務まってきたもんだよな」
白夜は気怠げに首を横に振る。
「ほんとっすよ。まあ、本来の基準ならとっくに解体されてるはずでしょうに、まさか『稽古をつけて鍛え直せ』とはねぇ」
仁烈は、白夜に対して激しく敵対心を剥き出しにしていた東真の顔を思い出して苦笑した。
「……あんな軟弱な奴らでも、紅子様にとっては大切な信頼の証だ。もしここで護衛隊を解体して総入れ替えなんかにしたら、心優しい紅子様が深く悲しまれる。旦那様がそんな無粋なことお考えになるわけがない」
白夜は静かに目を伏せる。
「……まぁ、あいつらは紅子様直属だからこそ命拾いってところっすよね。仮に俺らが同じような失態をやらかしたら、それこそ即解体でしょうし」
ため息混じりに仁烈がぼやく。
「……だろうな。黒天様が旦那様の決定に歯向かうわけもないしな」
白夜はフッと自嘲気味に笑った。
「にしても……あいつらの戦闘能力、果たして本当に上がりますかね?」
仁烈が少し不安げな眉をひそめる。
「上げてもらわなきゃこっちが困るんだよ。俺の指導力、ひいては評価にも関わる。お前も手加減なしで全力を出せよ」
白夜が鋭い眼光を仁烈に向ける。
「ええ、もちろん承知してますよ。隊長には、いつだって俺の遥か上にいてもらわないと困りますからね」
仁烈は怯むどころか、不敵に笑い返した。
「ふっ、よく言うよ」
白夜もようやく、僅かに口元を緩めて笑った。
「あら、夜更けに二人揃ってサボりかしら?」
からかうような軽やかな声と共に、烏山冬華の直属部下である隊長・鬼勢院柚葉が、情報収集特化のくノ一を含む部下二人を引き連れてひょっこりと姿を現した。
「……柚葉か。サボってんじゃねぇよ、仕事の打ち合わせだ」
白夜は面倒くさそうに柚葉を一瞥する。
柚葉自身も黒侍組に名を連ねる実力者である。彼女の両親は将軍直属の忍び集団に所属していたが、彼女自身は美しい「刀」の魅力に魅せられ、猛烈な剣術の鍛錬の末に黒侍組へと這い上がってきた変わり種だ。ちなみに、特殊治安部隊総司令官である西田川柘榴に密かに強い憧れを抱いていることでも知られている。
「聞いたわよ。紅子様の護衛隊に、あなたが特訓をつけるんですってね?」
柚葉は面白そうにクスクスと笑った。
「……広まるのがやけに早いな、相変わらず」
白夜は盛大な苦笑いを浮かべる。
「情報屋の配下が揃ってますもの、地獄耳よ」
柚葉は胸を張って得意げに笑った。
「それならちょうどいい。お前もその部下どもと一緒に手伝えや」
白夜がニヤリと悪巧みの笑みを浮かべる。
「えー? 私たちを使うのって、上からの許可済みなわけ?」
柚葉が隣に立つ仁烈にちらりと視線を投げると、仁烈は「さあ?」と首を傾げた。
「旦那様から『助手が必要なら好きなやつを使え』って許可をいただいてる。冬華様だって、この状況なら文句は言わんだろ」
白夜が不敵に言い放つ。
「……上からの許可がちゃんとあるなら、喜んで手伝ってあげるわよ」
柚葉はますます面白そうに目を輝かせた。
「決まりだな。明日から徹底的にあの甘えた護衛隊どもをシゴき倒すぞ」
白夜が冷酷で容赦のない笑みを浮かべる。
「あー、こわぁ。かつての『鬼教官』の特訓がまた見られるなんて、見物ねぇ」
柚葉が楽しそうに肩を揺らし、彼女に連れられた部下たちもつられてクスリと笑った。
静寂な夜の庭園に、これから始まる容赦ない地獄の特訓の気配が、静かに、しかし確実に漂い始めていた。




