第11話:独裁者の本音と、異世界の異端児の憂鬱
「待たせたな」
重厚な扉を開け、夜桜蜜柑が客間へと足を踏み入れた。
部屋の中では、変な他種族のトップである雷刹が、勝手に茶を淹れて一口飲みながら、のんびりと寛いでいた。蜜柑の姿を見るなり「よっ」と軽く右手を挙げて見せる。
「相変わらず、人の屋敷に前触れもなく入り込んでくる男だな」
蜜柑は呆れたようにふっと笑い、対面の席に腰を下ろした。
「おっ、客人に厳しいねぇ。ダメだったか?」
雷刹が悪戯っぽく、ニヤリと笑う。
「構わんさ。……で、今日は何の用だ」
異世界から流れ着いた【変な他種族】のトップでありながら、この国の権力構造をどこか冷めた目で見つめている雷刹。
だが、独裁者でありながらたった一人の妹を溺愛し守ろうとしている蜜柑の姿勢を初めて知った時、雷刹はその過保護っぷりを面白がり、それ以来ちょくちょく屋敷にまとわりつくようになった。
そしていつの間にか、こうして気兼ねなく愚痴などをこぼし合える奇妙な関係を築いていたのだ。
「お前さ、妹の結婚相手まで勝手に決めたらしいじゃん。周りが大騒ぎしててウケるんだけど」
雷刹は茶をすすると、からかうような口調で言った。
「そんな事か。ただ紅子にとって最も最適で、信頼できる相手を選んだだけだ」
蜜柑は面倒くさそうに片手でこめかみを押さえる。
「知ってる? 周りからは、お前が自分の勢力を盤石にするために妹を政治の道具に利用してるって、すっかり悪者にされてるぜ」
ふと、雷刹の表情が真面目なものに変わった。
「そんなもん関係ない。どう思われようが知ったことか。……あの紅子を生涯かけて本当に幸せに出来るのは、黒天くらいしかいない」
蜜柑は微塵の揺らぎもない瞳で、静かに、しかし力強く言い放った。
その言葉を聞いた雷刹は、しばらく蜜柑の顔を見つめた後、乾いた笑いを漏らした。
「人間って生き物は本当に面白いなぁ。そんなに心配なら、ずっと自分の手元に閉じ込めておけばいいじゃんよ。あの子なら、大好きな兄ちゃんと一緒にいられるだけで十分に満足なんじゃねぇの?」
「……俺がいなくなった後、あいつが1人になったらどうする。いつまでも俺にしがみついているわけにはいかないだろう」
ため息混じりに吐き捨てる蜜柑の声には、底知れない孤独と兄としての責任感が滲んでいた。
「ふーん。まあ、俺らみたいに不老不死で殺される以外に死なないのとは違って、お前ら人間は勝手に寿命が来て終わりを迎えるもんなぁ」
雷刹は大きく伸びをしながら、どこか投げやりにつぶやいた。
「……なあ」
ふと思い出したように、雷刹が茶碗を置いた。
「なんだ」
「姫巫女様の嫁ぎ先、もう決まったのか?」
その問いに、蜜柑はわずかに眉をひそめた。
「ん、ああ。……候補は実質2カ国に絞り込んだところだ」
「……へー。あのさ、姫、最近かなり不安がってんだよ。もともと大勢の人間と付き合うの得意じゃねぇし、城の女官たちとも上手くいってないみたいだしさ」
雷刹は珍しく目を伏せ、気まずそうに視線を泳がせた。
「ほう……。青藍様が、孤立していらっしゃるのか? だが、お前が今までの歴代の姫巫女様方の嫁ぎ先や処遇になんて、これまでのぞき見程度以外で気にしたことなんてなかったじゃねぇか」
蜜柑は怪訝そうに表情を曇らせる。
「なんかさ、見てて可哀想になってきてよ。ずっとそばにいてやれたら一番いいんだろうけど、相手は神と祀られる姫巫女様だし、俺みたいな異世界の変なのがベタベタするわけにもいかんしな」
雷刹は深く長い溜息をついた。
「美杏様みたいに、一族の分家落ちでもしていればいくらでも逃げ道や個人の選択肢もあるだろうが……青藍様は陛下の直系、血統が重すぎる」
蜜柑は自分の妹である紅子の顔をふと脳裏に浮かべながら、同情するように呟いた。
(……まさか、この変な他種族のトップが、あの姫巫女・青藍様を本気で想っているのか……? いや、いくらなんでも、国の最高神である姫巫女様に対してそんな不敬な……)
将軍・神楽之助から丸投げされた青藍の嫁ぎ先選びは、もうすぐ最終段階を迎えようとしているというのに、頭の痛い話だと蜜柑は心底うんざりしたように深い溜息をついた。
「おい、なんだよその目は。そんな盛大に溜息つきやがって」
図星を刺されたように雷刹が苛立ったように舌打ちするのを見て、蜜柑はわずかに口元を緩めて笑ったのだった。




