第8話 橋の下
ギルドで依頼を受け、水道橋へ向かう途中、テッサは何度も盾の留め具を確かめていた。
俺も立ち止まって短剣を少し抜き、鞘に引っかからないことを確認した。橋鼠の居場所を調べ、可能なら工具を回収する。討伐は必須ではないと、依頼票にも書いてあった。
「緊張してる?」
テッサに聞かれ、頷いた。
「少し」
「私も」
昨日は木材の重さを心配していた。今日は、相手がこちらへ飛びかかってくるかもしれない。その違いは大きかった。
水道橋では、昨日の作業員が待っていた。
「下の保守通路へ入れるよう、鍵を用意した。工具は見つかれば頼む。怪我してまで取り返すなよ」
鍵と一緒に、松明と回収用の袋を渡される。
「扉の先に灯り受けがある。使ってくれ」
橋の側面にある石段を下り、鉄扉を開けた。冷たい空気が頬へ当たり、奥から水音が響いてくる。
火をつけた松明を持ち、俺たちは中へ入った。
通路は二人で並ぶには狭かった。少し先では壁が左右に張り出し、その向こうだけが広くなっている。張り出しの手前に鉄の灯り受けがあった。
俺は松明を掛け、揺すって外れないことを確かめた。扉までの道も照らされている。
「ここなら、帰る方も見えるな」
テッサが頷いたとき、奥で金属の触れ合う音がした。
小さく、もう一度鳴る。
灯りの届く床には、昨日と同じ足跡が残っていた。その先を見ようとした瞬間、灰色の影が飛び出してきた。
「来た!」
テッサが盾を前へ出す。ぶつかったものが床へ落ち、すぐに身を起こした。
猫ほどの大きさの鼠だった。口から覗く歯と、石を掴む長い指が見えた。横の石積みの陰から、もう一匹が出てくる。
二匹目が盾の脇へ走った。
俺は短剣を抜き、慌てて振った。刃は届かず、橋鼠が身を翻す。
追おうとした足を止めた。
「狭いところまで下がろう!」
灯り受けの近くまで戻ると、テッサも盾を向けたまま下がった。俺はその後ろへ入り、帰り道に荷物がないことを確かめた。
壁の張り出しで、通路の幅が狭くなっている。
「左を塞げる?」
「こう?」
テッサが盾の左端を壁へ寄せた。右側には細い隙間が残る。俺はそこを見られる位置に膝を曲げ、短剣を低く構えた。
最初の一匹が盾へ前脚をかけた。爪の擦れる音に、テッサの肩が強張る。彼女は盾を傾け、押し落とした。
もう一匹が、右の隙間へ鼻先を入れる。
「右、突く!」
今度は振り回さなかった。近づいてくる身体へ刃を出すと、柔らかな抵抗の奥で硬いものに当たった。
甲高い声が響く。
俺は短剣を引き戻したが、刃がすぐには抜けなかった。柄を握り直して引くと、橋鼠は隙間の向こうへ倒れ、脚を動かしたまま起き上がらなくなった。
「もう一匹、左!」
テッサの声で顔を上げた。
残る一匹が盾に飛びついていた。テッサは踏ん張り、盾の面を左の壁へ向けて押した。挟まれた橋鼠が暴れ、盾越しに音が伝わってくる。
「押さえてる!」
俺は倒れた一匹が起きてこないことを確かめてから、盾の脇へ寄った。
「そっちへ出る。そのままで」
覗いた首の付け根へ短剣を突き入れた。テッサが歯を食いしばる。俺も柄を握る手に力を込めた。
動きが弱まり、やがて止まった。
短剣を抜き、二人で少し下がる。テッサが盾を離しても、二匹目は床に伏せたままだった。
一匹目も、もう動いていなかった。俺たちは距離を取って、しばらく二匹を見ていた。
「……終わった?」
「この二匹は」
奥に別の物音は聞こえない。水の音だけが、さっきより大きく感じられた。
手が震えていた。息を整えようとしても、すぐには落ち着かなかった。
「ぶつからなかったね」
テッサが言った。
「何が?」
「短剣と、私の盾」
昨日の講習では、何度も手首をぶつけた。
俺はようやく息を吐いた。
「声、かけたからな」
「うん。分かった」
二人で練習した動きが、少しだけ使えた。そのことが分かると、柄を握る手から余計な力が抜けた。
◇
帰る前に、俺たちは広くなった場所を灯りの届く範囲で確かめた。
壁の隅に、布と木くずを寄せ集めた巣がある。そこから赤い布の巻かれた柄が突き出していた。
「あの小槌だ」
テッサも気づいたらしい。
俺は松明を取り、巣の周りと石積みの陰を照らした。別の橋鼠は見えない。近くの壁にも灯り受けがあり、そこへ掛け直した。
「俺が奥を見る。袋に入れてくれる?」
「分かった」
テッサは盾を手元に置き、小槌と釘袋を回収した。小さな金具もいくつか転がっている。
「本当に集めてたんだね」
「何に使うんだろうな




