第7話 消えた工具
翌朝、ギルドへ着くと、テッサはもう依頼板の前にいた。昨日と同じ大盾を背負い、腕を組んで何枚かの依頼票を見比べている。
「早いな」
「ノルが先にいい依頼取るかもしれないから」
「一緒に見るって話しただろ」
「約束はしたけど、信用はこれから」
昨日知り合ったばかりなのだから、言っていることは正しい。それでも、依頼板の前で相手を探す必要がないのは、思っていた以上に楽だった。
「何かあった?」
「これ。昨日の場所」
《西水道橋・補修作業補助》
工具や資材を作業員へ運び、補修箇所の清掃を手伝う仕事だった。危険度は低。報酬は二人合わせて銅貨十八枚とある。
「道も分かるし、やりやすそうじゃない?」
「腕は平気か?」
「痛い」
「俺もだ」
顔を見合わせたが、依頼票は戻さなかった。
受付へ持っていくと、ミラが俺たちを見て微笑んだ。
「昨日に続いて二人ですね」
「今日も組むことにしました」
「明日もかもしれない」
テッサが付け加える。ミラは頷き、二人の名前を控えた。
◇
水道橋では、昨日の作業員が俺たちを見つけるなり、工具箱を指した。
「来たか。今日は下段にも運んでもらうぞ」
補修場所が広がり、橋の下に設けられた保守通路へも出入りする必要があった。
俺が工具箱を抱え、テッサがその前を歩く。狭い場所では、彼女の盾が壁に触れそうになるたび、俺も足を止めた。
「やっぱり、その盾でかいな」
「昨日も言った」
「今日見てもでかい」
「明日も同じ大きさだよ」
たぶんそうだろう。
午前中は、工具を運び、割れた石材を集め、補修箇所に残った砂を掃いて過ぎた。
最初に小槌がなくなったのは、昼の休憩が終わった頃だった。
「持ち手に赤い布を巻いたやつだ。ここへ置いてなかったか?」
作業員に聞かれ、俺たちは周囲を探した。工具箱の中にも、木材の陰にも見当たらない。
「誰か使ってるんじゃない?」
テッサの問いに、男は首を振った。
「それなら声をかけるはずなんだが」
別の場所へ置いたのだろうという話になり、作業は再開した。ところが、その後には釘の入った革袋が消え、今度は小さな金具が見つからなくなった。
作業員たちが互いに置き場所を確かめ始める。そのうち一人の視線が、俺たちの荷物へ向いた。
疑われたと決まったわけではない。それでも、何もしていないのに落ち着かなくなる。
「探そう」
テッサが小声で言った。
「うん」
俺は小槌が置かれていた場所へ戻った。石の上には補修用の砂が薄く広がり、靴跡がいくつも重なっている。
その端に、妙に細かい跡があった。
しゃがんで見ると、小さな指を押しつけたような形が続いている。跡の間には、何かを引きずったらしい筋も見えた。
「テッサ、これ」
隣へしゃがんだ彼女が、砂の上へ顔を近づけた。
「鳥……じゃないよね」
「誰か呼んでくる」
作業員を連れて戻ると、男は跡を覗き込み、橋の縁へ目を向けた。
「橋鼠かもしれんな」
「鼠ですか?」
「猫くらいある、小型の魔物だ。金属や光る物を巣へ持っていくことがある」
「釘も?」
「袋ごとなら、引っ張っていけるだろうな」
跡は保守通路の端へ続いていた。その先は橋の下の暗がりで、ここからでは何があるのか分からない。
男は俺たちを下がらせ、工具箱の蓋を閉めた。
「追うなよ。逃げる場所を塞ぐと噛みついてくる」
俺は伸ばしかけた首を戻した。工具の場所は気になるが、身を乗り出して探せるような足場でもない。
残った道具を数え直し、蓋のある箱へまとめる。片づけが終わると、責任者からギルド宛ての報告書を渡された。
「今日はここまでだ。そいつを届けてくれ」
◇
ギルドへ戻ると、ミラは報告書と俺たちの話を照らし合わせた。
「足跡だけで、姿は見ていないんですね」
「はい。橋の下までは入りませんでした」
「では、明日、確認依頼を出します。工具を回収できるかも調べる必要がありますから」
報酬は一人銅貨十枚を予定しているという。姿と場所の確認が目的で、討伐は必須ではない。回収が難しければ、その状況を報告すればよいそうだ。
今日より一枚高い。ただ、その一枚だけで決められる仕事でもなかった。
「橋の下、入れそうだった?」
テッサに聞かれ、俺は保守通路の端を思い出した。
「少なくとも、道を知らずに行くよりは分かる。明日、条件をちゃんと読もう」
「そうだね」
ミラは二人分の報酬を渡してから、訓練場へ続く扉を指した。
「夕方の新人講習が、もうすぐ始まります。ノルさん、受講を希望されていましたね」
登録した日に見た、木剣を持った新人が転ぶ姿を思い出した。
明日は橋の下へ入るかもしれない。俺はテッサを見る。
「行くか?」
「行く。盾の使い方も聞きたい」
訓練場には、俺たちの他にも数人の新人が集まっていた。
ベックはテッサを見ると、まず背中の大盾に目を留めた。
「でかい盾だな」
「会った時から、俺もそう言ってます」
「盾だからね」
テッサが答えると、ベックは表情を変えずに頷いた。
「なら、使ってみろ。背負ってるだけじゃ荷物だ」
テッサが盾を構え、俺は刃のない練習用短剣を借りた。
ベックは棒を持ち、俺たちを壁際へ立たせた。最初は二人で横に並んだが、俺の前へ棒が伸びた途端、テッサが盾を動かそうとして肩をぶつけてきた。
「近い!」
「お前が並んだんだろうが」
ベックに言われ、俺は一歩下がった。
「盾は受けるだけじゃない。押せる。通路を塞げる。後ろの奴を隠せる。二人いるなら、二人とも前へ出る必要はない」
テッサが盾を少し壁へ寄せる。空いた側へ俺が立つと、ベックの棒が入り込める場所は狭くなった。
「敵が動ける場所を減らせ。広いところで追い回すより、見る場所が少なくなる」
棒が盾の横から差し込まれた。
俺は突き返そうとして踏み出したが、テッサの盾に手首をぶつけた。ベックが棒を止める。
「出る前に声をかけろ。隣にいるだけで、相手の考えが分かると思うな」
次は「右から出る」と伝えてから動いた。テッサが盾の位置を保ち、俺はその横へ短剣を出す。
うまくいったと思った直後、引き戻す足がもつれた。壁へ手をついて踏みとどまると、テッサがこちらを見た。
「戻るところまでやってよ」
「今、覚えてる」
それから何度も、構えて、前へ出て、元の位置へ戻った。
最後に教わったのは、二人で下がる動きだった。俺が後ろの足場を確かめて声をかけ、テッサが盾を向けたまま下がる。急ぎすぎると離れ、遅ければ互いの足を踏む。
「新人は倒す方法ばかり聞きたがるが、逃げるにも練習は要る」
ベックは棒を下ろし、俺たちを見た。
「依頼はやり直せる。死んだ冒険者は、やり直せん」
俺は頷いた。疲れた腕だけでなく、脚にも、覚えた動きが少し残っている気がした。
ギルドを出ると、空が赤くなっていた。
「明日、噛まれないといいね」
テッサが盾の肩紐を直しながら言った。
「確認する仕事だからな。追いかける必要はない」
「でも、赤い布の小槌は取り返したい」
「どうして?」
「あのおじさん、ずっと探してたでしょ」
俺も、何度も工具箱を覗いていた作業員の顔を思い出した。
「届く場所にあればな」
「うん。まず見つけよう」
明日の朝、もう一度依頼の条件を確かめる。その約束をして、俺たちは通りの角で別れた。




