第6話 盾を持つ少女
翌朝、俺はいつもより少し早く冒険者ギルドへ向かった。
理由は単純だ。金が欲しい。
昨日、《鉄輪》で見つけた良級の短槍。傷は多少あったが、柄を握った時の感触も、重さも、今まで持った武器の中では一番しっくりきた。
問題は、今の俺には買えないことだ。だからといって諦めるつもりもない。昨日から、あの短槍の感触が頭から離れなかった。
ギルドへ入ると、朝早いにもかかわらず依頼板の前には何人もの冒険者が集まっていた。
俺も空いている場所へ入り、貼り出された依頼を上から順番に見ていく。薬草採取、荷物運び、倉庫整理、水路清掃。比較的危険の少ない仕事が並んでいるが、報酬もそれなりだった。
昨日は危険の少なさを優先して選んだ。ただ、短槍を買おうと思うと、もう少し報酬の高いものが欲しい。
討伐依頼にも目を向けたが、すぐにやめた。金が欲しいからといって、死ぬ可能性を上げるのは違う。
そんな中、一枚の依頼票が目に入った。
《西水道橋・補修資材運搬》
補修工事で使用する木材や工具を、水道橋の作業場まで運ぶ仕事らしい。危険度は低。報酬は昨日の泥さらいより高かった。
条件には、二名以上推奨とある。
「二人か……」
思わず声が出た。一人では受けられないと明記されているわけではないが、大量の資材を運ぶなら、誰かと組んだ方がよさそうだ。
ちょうどいい依頼を見つけたと思ったのに。
諦めて依頼票から手を離そうとした時、横から声を掛けられた。
「それ、受けたいの?」
振り向くと、女の子が立っていた。年は俺と同じくらいだろうか。赤茶色の髪を短く切り、動きやすそうな革装備を身につけている。
背中には、身体の半分以上を隠せそうな大きな長方形の盾があった。
「……大きいな」
「何が?」
「盾」
彼女は背中の盾を振り返るようにして見た。
「盾だからね」
答えになっているようで、なっていない。
腰には小さな棍棒が一本。剣も槍も持っていない。胸元には、俺と同じ銅色の札が下がっていた。
「銅札?」
「うん。登録したばっかり」
「俺も」
自分の銅札を見せると、少女は少し安心したような顔をした。
「じゃあちょうどいいかも。その依頼、私も見てたの。一人だと受けづらいでしょ」
俺と同じように、一緒に受ける人間を探していたらしい。
「戦闘経験は?」
一応聞いてみる。
「ないよ」
「俺もない」
少し沈黙した。
「……大丈夫かな」
「それ、俺に聞く?」
二人とも似たようなものだった。少なくとも、どちらかが経験豊富なふりをしているよりは信用できる。
「テッサ」
少女が手を差し出した。
「名前」
「ああ。俺はノル」
握った手には、硬い豆があった。あの盾を持つだけでも、結構な力が必要なのだろう。
二人で受付へ行くと、ミラが俺とテッサを交互に見た。
「お知り合いでした?」
「今なりました」
「今?」
「依頼板の前で」
ミラは少し不安そうな顔をしたが、依頼票を確認すると手続きを進めてくれた。
「補修資材の運搬ですね。戦闘を想定した依頼ではありませんが、水道橋周辺は足場の悪い場所があります。作業員さんの指示には必ず従ってください」
「はい」
俺とテッサの返事が重なった。
◇
西水道橋までは歩いて一時間ほどだった。街中を流れる水路を辿るように進み、外壁に近づくにつれて、石造りの巨大な橋が見えてくる。
橋の上を水が流れていた。下から見上げると、柱の高さがよく分かる。
今日の仕事は、その補修に使う資材を倉庫から作業場まで運ぶことだった。
木材を運んでいると、前を歩くテッサの盾が何度も柱や荷物にぶつかりそうになる。
「その盾、置いてくればよかったんじゃない?」
「冒険者が仕事中に武器置いてくるの?」
「今日は資材運びだぞ」
「でも何があるか分からないじゃん」
一理ある。とはいえ、木材を運ぶたびに大盾が邪魔そうなのも事実だった。
「重くない?」
「重いよ」
「何でそれにしたの?」
テッサは少し考えてから答えた。
「私、剣がそんなに得意じゃなかったから」
「盾は得意なの?」
「殴られるよりは」
その基準でいいのだろうか。
午前中は、ほとんど会話をする余裕がなかった。木材を運び、工具箱を運び、石材を運ぶ。冒険者になってから、どうして俺は重い物ばかり運んでいるのだろう。
昼休みになると、俺たちは水道橋の脇に座り、持ってきたパンを食べた。
テッサが俺の腰を見る。
「短剣だけなんだ」
「今はな」
「今は?」
「欲しい槍がある」
昨日見つけた良級の短槍について話すと、テッサはパンを食べながら聞いていた。
「だから今日、ちょっと報酬高い依頼探してたんだ。買えるの?」
「まだ無理」
「じゃあ、結構働かないとね」
「そういうこと」
テッサは少し考え、それから何でもないことのように言った。
「二人なら、一人より受けられる仕事増えるんじゃない?」
俺はパンを持ったまま彼女を見た。
「今後もってこと?」
「嫌なら別にいいけど」
「嫌とは言ってない」
実際、今日の依頼だって一人なら受けなかった。それに、テッサは新人ではあるが、少なくとも勝手なことをするタイプには見えない。
大盾も、もし何かあった時には頼りになりそうだった。
「じゃあ、明日も依頼板見る?」
「見る」
「朝?」
「今日と同じくらい」
「分かった」
それだけで話は決まった。
パーティーを組もうとか、仲間になろうとか、そんな大げさな話はしていない。今日知り合ったばかりで、お互いに戦闘経験すらない。
ただ、一人より二人の方が受けられる仕事が増える。今のところは、それで十分だった。
◇
午後の仕事を終え、ギルドへ戻った。
二人分の完了報告を済ませると、ミラが報酬を渡してくれた。硬貨を受け取り、俺は無意識に枚数を数える。
良級の短槍までは、まだ遠い。でも昨日よりは近づいた。
「ノル」
ギルドを出たところで、テッサに呼ばれた。
「明日、先にいい依頼取らないでよ」
「早い者勝ちだろ」
「じゃあ私の分も取っといて」
「それもう一緒に受ける前提じゃないか」
「そのつもりだけど?」
当然のように言うので、俺は少し笑った。
「分かったよ」
明日は、一人で依頼板を眺めなくて済みそうだ。
テッサは盾を背負い直し、人通りの多い道へ歩いていった。通りすがりの荷車を避けるために身体を横へ向け、今度は盾の端を看板にぶつけかけている。
俺は声を掛けようとして、彼女が自分で気づいたのを見て口を閉じた。
明日も、あの盾ならすぐ見つけられるだろう。




