↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
76/88

第73話 扉の向こうに残っていたもの

 対岸から見ていた入口は、近づくと俺たち三人が横に並べるほどの大きさだった。


 上の石には、太い鑿の跡が残っている。縁に生えた草が風で揺れ、その向こうから冷たい空気が流れてきた。


「ここからは私が先に行く。前に通った場所でも、変わってることはあるからね」


 サナが腰の縄を直した。


 予定どおり船で中継所へ移動し、一泊した翌朝だった。渡し舟で川を渡り、石運びの道を歩いて、ようやく坑道の入口まで来た。


 サナと設備を調べる作業員、それに俺たち三人。


 作業員は道具袋から灯りを出し、入口の明るさが残るうちに火を入れた。


 リオも集光灯を包んでいた布を外す。


「先に、足元を照らしてくれる?」


 サナに言われ、光を低く向けた。


 湿った床の上に、小石と枯れ葉が散っている。その先には、荷車の車輪が長く通ったらしい、浅い溝が二本続いていた。


 紙に描かれていた線が、目の前で奥へ伸びている。


 俺は短槍を持ち直し、サナの後ろへ続いた。


 ◇


 入口からしばらくは、天井の高い通路だった。


 壁際には割れた石が寄せられ、ところどころに道具を置くための窪みがある。灯りが動くたび、窪みの中の影も形を変えた。


 俺は靴底から伝わるものへ意識を向けたが、分かるのは自分たちの足音くらいだった。


 五人で歩いているだけでも、硬い床はよく響く。


 足元だけを気にしすぎないよう顔を上げると、サナが分かれ道で止まっていた。


 左は低くなり、その先で水面が光っている。


 右には階段があった。


「左は行かない。今日は上の二部屋だけ」


 サナが言った。


 俺たちは右へ向きを変えた。


 階段の下には、細かな石屑が溜まっていた。作業員が上を照らし、天井と壁を確かめる。


「この上から落ちたのか?」


「前にも少しあった。ただ、ここまで広がってたかは覚えてない」


 サナが答えた。


 俺は階段を見上げた。普通の灯りでは、段の奥に影が重なり、石屑がどこから続いているのか分かりにくい。


「リオ、上から順に照らせるか」


「やってみる」


 集光灯の覆いが動いた。


 光が細くなり、天井から壁へ、それから段の一つ一つへ下りてくる。


 途中で、俺は声をかけた。


「そこ。今の段の端」


 光が戻る。


 階段の右端に、黒い線が走っていた。ひびかと思ったが、よく見ると、角そのものが欠けている。


「左にも向けて」


 作業員に言われ、リオが灯りを動かした。


 左側の段は、壁まで形が残っていた。


 サナが下から棒で確かめ、作業員と相談してから先へ進む。俺たちは間を空け、左側を一人ずつ上った。


 テッサは盾を身体に寄せ、壁へぶつけない角度に直した。


「宿の階段より面倒だね」


「手すりもないしな」


「手すり、持ってくればよかった」


「荷物が増えすぎる」


 小声で答えると、少しだけ緊張がほどけた。


 上り切って振り返る。


 光を当てる場所を変えただけで、通れるところが見えた。


 宝箱から持ち帰った灯りが、今日は俺たちを次の部屋まで運んでくれていた。


 ◇


 資材庫の扉は、二枚とも閉じていた。


 厚い板を鉄の帯で補強した造りで、下の方が黒ずんでいる。左の扉には、以前調べたときのものらしい白い印があった。


 作業員は道具袋を置き、錠を確かめた。


「まず、こっちからだ」


 鍵を差し込んで慎重に回す。


 鈍い音がした。


 しかし、取っ手を引いても扉はわずかに動くだけだった。作業員が上と下を順に押し、眉を寄せる。


「錠は外れた。下で引っかかってるな」


「膨らんでる?」


 サナが聞く。


「それもあるかもしれん。力任せに引く前に、隙間を見たい」


 俺とリオで灯りを低くした。


 取っ手側にできた細い隙間へ光を通す。最初は壁しか見えなかったが、作業員が扉を少し揺らすと、奥で何かが明るく光った。


「金具?」


 俺が言うと、リオが首を傾けた。


「横に、木もある」


 作業員が顔を近づける。


「台か何かが倒れてるな。扉の下に脚が入ってる」


 彼は細長い鉤を取り出した。


 俺は灯りがずれないよう手を添え、リオと一緒に光を保った。テッサは道具袋を壁際へ寄せ、作業する場所を空ける。


 鉤が隙間へ入り、何度か硬い音を立てた。


 ようやく何かを捉えたらしく、作業員が腰を引く。


「扉、少し戻してくれ」


 サナが押す。


 奥で木の擦れる音がして、引っかかっていた物が動いた。


 次に取っ手を引いたとき、扉はゆっくり開いた。


 冷たい空気と、古い木の匂いが流れ出してくる。


 俺は知らないうちに、灯りを持つ手へ力を込めていた。


 ◇


 床へ倒れていたのは、小さな折り畳み台だった。


 脚の一つが扉の下へ噛み込んでいたらしい。作業員が脇へ寄せると、その先に細い通路が現れた。


 左右には棚が並んでいる。


 錆びた金具。柄の折れた道具。輪にして掛けられた縄。


 奥の棚には、蓋のない箱もあった。


「思ったより残ってる」


 テッサが言った。


「使えるとは限らないよ」


 サナは天井と棚の上を確かめてから、壁際へ進んだ。


「まず、倒れてこないかを見る。奥へ手を入れるのは、そのあと」


 俺とテッサは入口付近を受け持ち、リオが灯りを向けた。作業員は棚の脚を調べ、緩んだ板を下ろしていく。


 一つの棚は、触ると少し傾いた。


 中の箱をいきなり引き抜いていたら、上に載った金具まで落ちてきたかもしれない。


 空けた床へ布を敷き、確かめた物から順に並べた。


 古い縄は、曲げたところで繊維が切れた。見た目はまとまっていても、もう荷を吊れる状態ではない。


 小さな滑車は、軸が固まっていた。


 ただ、作業員が何度か動かすと、わずかに回り始めた。


「こっちは持ち帰る。軸を外せば、まだ使えるかもしれん」


 その言葉に、俺は少し嬉しくなった。


 何もかも壊れているわけではない。


 埃の下から出てくる物を、一つずつ確かめるのは面白かった。


 さっき扉に挟まっていた台も、開くと三本の脚で立った。金具で脚の開きを止める、小さな灯り用の台だった。


 作業員が継ぎ目を調べ、床へ押しつけてぐらつきを確かめる。


「これなら、今も使えるな」


「灯りを置いてもいいですか?」


 リオが聞いた。


「ああ。平らなところに置けよ」


 台へ集光灯を載せると、彼の両手が空いた。


 床へ直接置くより高い位置から光が通り、箱の中も見やすくなる。


「これ、持って歩ける大きさだね」


「畳めばな」


 俺は台の脚を見た。


 便利な道具を見つけると、持ち物が一つ増える。その道具を使いやすくする物まで見つかると、また欲しくなる。


 短槍の値札を見ていた頃より、金の使い道がずいぶん広がっていた。


 ◇


 部屋の奥で、テッサが立ち止まった。


「箱、ある」


 棚の下に、横長の木箱が収まっていた。


 鉄の帯が二本巻かれ、蓋の継ぎ目には布が挟まっている。ほかの箱より床から離して置かれていたせいか、底の傷みも少なそうだった。


 俺たちは作業員を呼び、棚の脚を支えてから箱を引き出した。


 重い。


 だが、石を詰めたような重さではなかった。中で何かが動き、布越しに金属の触れる音がした。


「これ、防具の箱かもしれんな」


 作業員が蓋の端を拭った。


 留め金は錆びていたが、工具で動かすと外れた。


 蓋を持ち上げる。


 最初に見えたのは、黒ずんだ布だった。


 油を含ませた厚い布が、何重にも折られている。作業員が端をめくると、その下から湾曲した金属が現れた。


 テッサが身を寄せた。


「脚のやつ?」


 脛当てだった。


 一枚の板ではなく、幅の違う金属板を少しずつ重ねてある。膝の下から足首の上までを覆い、下の方は動きに合わせてずれる造りになっていた。


 飾りはない。


 それでも、縁を滑らかに丸めた形や、小さく揃った留め金を見ると、丁寧に作られた物だと分かった。


 作業員は一つを持ち上げ、内側を確かめた。


「革紐と当て布は替えた方がいい。金具は……持ち帰ってから、きちんと見よう」


 布の下には、もう片方もあった。


 さらに別の組も収まっていたが、そちらは片側が大きく凹んでいる。


 俺は最初の一組へ目を戻した。


 金属の色はくすんでいた。それでも、表面を軽く拭いたところだけ、灯りが細く映った。


「持ってみてもいいですか」


 テッサが聞いた。


 声が、さっきまでと少し違った。


 作業員が頷き、傷んだ紐を引っ張らないよう注意して渡す。


 テッサは両手で受け取り、持ち上げた。


「もっと重いと思った」


「薄く作ってあるからな。その分、何でも受け止められるわけじゃないぞ」


「はい」


 彼女は脛当てを自分の脚の前へ添えた。


 まだ着けたわけではない。服の上から大きさを比べているだけだ。


 それでも、足首の少し上で金属板が重なり、膝を曲げても上端が邪魔になりにくそうだった。


 リオがもう片方を見せてもらい、左右を比べた。


「これなら、盾の下に出るところを覆えるね」


「うん」


 テッサは、自分の脚から目を離さなかった。


 俺は彼女の盾を見た。


 最初に会った頃から大きな盾だった。橋鼠を押さえ、負傷したラズを載せ、俺が下がる間に何度も前へ出てくれた。


 その後ろにいる俺からは、盾が頼もしく見えていた。


 盾の下で踏ん張る脚まで、いつも守られているわけではなかった。


「欲しい?」


 聞くと、テッサが顔を上げた。


「……値段次第」


 それから、もう一度手元を見る。


「でも、欲しい」


 今度は、はっきり言った。


 サナが記録板へ書き込んだ。


「購入希望があることは残しておくよ。組合が使うかどうかと、修理したあとの値段を確かめてからだね」


「お願いします」


 テッサは脛当てを、ゆっくり布の上へ戻した。


 まだ俺たちの物ではない。


 直さなければならない場所もある。


 それでも、俺にはもう、彼女がこれを着けて歩く姿が少し見えた。


「買うなら、歩いてみてからだな」


「分かってる。階段も上る」


「しゃがめるかも見たいね」


 リオが言うと、テッサは頷いた。


「あと、走れるか」


「試すこと多いな」


「脚に着けるんだから、脚が使えないと困るでしょ」


 その通りだった。


 集光灯の火が揺れ、二つの脛当てに同じ色が映った。


 棚の陰に眠っていた物が、机に並ぶ工具と同じように、使うための道具へ戻っていく。


 テッサは最後にもう一度、金属板の重なった部分を指で確かめた。


「ノル」


「何?」


「帰ったら、修理代も聞こう」


 俺は頷いた。


 短槍を欲しがっていたとき、俺もきっと、こんな顔をしていたのだろう。


 まだ空いていた回収用の布を広げると、テッサとリオが一つずつ、脛当てを載せた。


 今度は、仲間が欲しがる物を持ち帰る。


 俺は金属同士がぶつからないよう間に布を挟み、包む手に少しだけ気を配った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。