第69話 もう一度、三人で
再審査を申し込んだのは、薬師の護衛から戻った翌日だった。
受付へ紙を出す前に、俺は二人へ聞いた。
「もう一度、受けたい」
テッサはすぐに頷いた。
リオは少し考え、それから言った。
「俺も。ただ、昨日できたから大丈夫、とは思ってない」
「うん。俺もだ」
岩トカゲを倒し、薬師を連れて戻れた。
それは嬉しかった。だが、次も同じ地形で、同じ順番に相手が来るわけではない。
俺たちは受付で次の日程を確かめた。
四日後の午後。
紙へ名前を書くと、あの日、不合格と告げられたときの声を思い出した。
ペンを握る指に力が入る。
「ノル」
テッサに呼ばれ、顔を上げた。
「名前、そんなに濃く書かなくても読めるよ」
「……分かってる」
リオが横で笑った。
俺は少しだけ力を抜き、残りを書いた。
◇
四日間は、同じ練習ばかりを繰り返したわけではなかった。
仕事をして、武器を手入れし、空いた時間に位置を替えて動いた。
一人が荷物を持つ。
一人が途中で止まる。
通れるはずの場所に、箱を置いてみる。
最初から何が起こるか分かっていると、うまくできた。途中で変えられると、まだ言葉が重なる。
「右へ!」
「右、私いる!」
そんなやり取りもなくならなかった。
ただ、間違えたあとに三人とも動き続けることは減った。誰かが止まり、その間に別の誰かが場所を作る。
うまくいかなかったときには、何が見えていたのかを聞いた。
自分と同じものを見ているとは、前ほど思わなくなった。
審査の前夜、リオが矢をしまいながら言った。
「明日、俺が無理って言ったら、怒る?」
「怒らない」
俺は答えた。
「どうすればできるかは聞くかもしれないけど」
「うん。それなら言える」
テッサが盾の留め具から手を離した。
「私も、全部は止められないからね」
「知ってる」
「知ってる顔で、たまに二つ頼むでしょ」
反論できなかった。
俺は短槍を壁へ立てかけ、明日着る服を畳み直した。
今度こそ、受かりたかった。
だからといって、できないことまで引き受けないようにしようと思った。
◇
訓練場の仕切りは、前回と違う形に並んでいた。
荷車もない。
俺たちを待っていた審査員は同じ男だった。髪を後ろで結び、手には前回の記録らしい紙を持っている。
「今日は、依頼人を出口まで案内してもらう」
隣に立つ職員が、小さく手を上げた。肩から布の鞄を下げた、中年の男だった。
「戦えない。走り続けることもできない。そのつもりで扱え」
俺たちは頷いた。
審査員は簡単な見取り図を広げた。
入口から出口までは、二つの道がある。左は近いが狭い。右は曲がり角が多く、途中に少し広い場所があった。
通路には妨害役が入る。
今回は人を相手に動くため、リオは矢を射たない。弓は背に置き、必要なら借りた練習用の短い棒を使う。
「打たれた場合はこちらで判定する。止めの声がなければ続けろ。危ないと感じたら、自分から止めを求めてもいい」
俺は練習用の槍を受け取った。
前回と同じものだった。
握っただけで、右腕に棒を当てられたときの感触が戻ってくる。
「何を変えてきた」
審査員に聞かれ、俺は少し考えた。
「交代するとき、動ける場所まで作るようにしました」
テッサが続ける。
「守る人が動けているか、確かめます」
「俺は、今見ている場所を空ける前に伝えます」
リオの返事を聞き、男は紙を畳んだ。
「では、見せてもらう」
◇
相談の時間に、俺たちは右の道を選んだ。
「こっちなら、途中で四人が集まれる」
リオが見取り図の広い場所を指した。
「でも、曲がり角の先は見えないね」
テッサが言う。
「一気に進まず、そこで確かめよう」
俺は依頼人役の男へ向き直った。
「止まってほしいときは、止まってください。下がる場所はこちらで伝えます」
「分かった。荷物は持ったままでいいか」
「まずはそのままで。動く邪魔になるようなら、教えてください」
男は鞄の紐を肩へ掛け直した。
テッサが依頼人の近くにつく。
俺が前を見て、リオが後ろを見る。ただし、狭い場所では無理に同じ並びを保たず、声をかけて変える。
決めたことを確かめ、俺たちは入口の線を越えた。
最初の曲がり角で、棒を持った男が現れた。
俺は槍を低く構える。
「前、一人」
「止まる」
テッサの声に続いて、依頼人の足音が止まった。
男は小盾を前へ出し、間合いを詰めてきた。
俺は突いた。
盾に外される。
前回なら、その場で槍を戻そうとしていた。今日は斜めに一歩引き、槍先を男と依頼人の間へ戻した。
男が足を止める。
「後ろ、曲がり角まで空いてる」
リオが言った。
俺はその声を聞き、もう半歩下がった。
退く場所が分かっていると、槍を出す腕まで固くならずに済んだ。
◇
最初の男は、広い場所までついてきた。
俺たちを追い越そうとはせず、盾で槍先を押し、足を動かさせる。
倒そうとして深く踏み込めば、反対へ回られそうだった。
「テッサ、前を代われるか」
「右から入る。少し待って」
盾の縁が視界へ入る。
だが、まだ俺は下がらなかった。
男が棒を振り、テッサの盾へ当てた。
「入った!」
その声で、俺は槍を引いた。
前を任せ、依頼人のいる側へ回る。
リオは後ろを見たままだった。
誰もいなくなった場所は、なかった。
俺は依頼人へ手を示した。
「こちらへ。壁沿いに進みます」
男が頷き、ついてくる。
その先の細い横道から、別の足音がした。
「右、もう一人!」
リオが振り向き、場所を知らせた。
前後ではなく、横から来た。
俺は槍を向け直した。だが、依頼人がすぐそばにいる。大きく柄を回す余裕はなかった。
「リオ、この人を壁の窪みへ。後ろは俺も見る」
「分かった。こっちです」
依頼人が動く。
その間に俺は槍を短く持ち、二人目の男が横道から出るところを押さえた。
刃のない先端が、小盾へ当たる。
男は押し返してきた。腕の力では勝てそうにない。俺は張り合わず、槍を引きながら一歩下がった。
通路から出てきた男の肩が、仕切りの端へ近づく。
その先には、依頼人を入れた窪みがあった。
俺はもう一度、槍先を向けた。
ここだけは通さない。
そう考えた直後、背後で小さな音がした。
「あ、鞄が」
依頼人の声だった。
振り返りかけた。
棒が右腕へ触れた。
軽い痛みが走り、俺は慌てて槍を引いた。
「ノル、右腕に被弾。継続」
審査員の声がした。
胸の奥が冷たくなる。
また、やった。
そう思ったところで、男がもう一歩進んだ。
終わっていない。
俺は相手へ目を戻した。
「鞄、頼む。俺はこっちを見る!」
言って、槍を構え直した。
◇
リオの返事は、すぐには返ってこなかった。
代わりに聞こえたのは、依頼人へ向けた声だった。
「今は拾わないで。足を止めてください」
「けど、すぐそこに」
「俺が見ています。先に、壁へ寄って」
俺は振り返らなかった。
近い方の男が、小盾で槍を押してくる。
右腕は少し痛むが、指は動く。前へ出す手をわずかにずらし、柄を支え直した。
「テッサ、そっちは?」
「一人。まだ来る!」
盾に棒が当たる。
俺の前にも一人いる。
二人とも動けないなら、リオに全部を頼むわけにはいかない。
依頼人を入れた窪みの奥には、出口側へ続く道があった。見取り図で見た曲がり角だ。
「先の道、見えるか」
「角までは空いてる。その先は見えない」
リオが答えた。
「じゃあ、まず角まで。鞄は置いていい」
依頼人が何か言いかけた。
リオの声が、それを遮らずに続いた。
「戻れるなら取りに来ます。今は一緒に進んでください」
足音が動いた。
俺は男を見たまま、少しずつ下がった。
「テッサ、俺の左へ寄れるか」
「そっち、槍を引いて」
俺は槍先を男へ向けたまま、柄の後ろを身体へ寄せた。
テッサの盾が左へ並ぶ。
広い場所で別々に向き合っていた二人の男が、今度は同じ方向に見えた。
道が細くなる手前で、盾と槍を並べる。
男たちは横へ回ろうとしたが、そこには仕切りがあった。
俺たちが動く場所も狭い。
だが、見る方向は減った。
「角の先も空いてる。出口まで見えた!」
リオの声がした。
その直後、依頼人がまた鞄を気にした。
「やっぱり、あれだけでも」
俺は歯を食いしばりかけた。
早く進んでほしい。
けれど、それを言うだけなら、さっきも言った。
「中には、何が入ってますか!」
相手の棒を避けながら聞く。
「着替えと、届け物だ」
「届け物は、壊れますか。急いで必要なものですか」
「布だ。今日中でなくてもいい」
俺は答えを聞き、リオへ伝えた。
「先に人を出そう!」
「分かった!」
依頼人を説得する声と、歩く音がした。
今度は止まらなかった。
◇
俺とテッサは、一歩ずつ下がった。
男の棒が盾の外側へ回ると、俺が槍を出す。槍を押さえられそうになると、テッサが盾の位置を変える。
一度、俺の足が彼女の足へ触れた。
「近い」
「少し右へ行く」
それだけ言って、場所を直した。
完璧には動けない。
けれど、ぶつかったまま次の動きを始めずに済んだ。
曲がり角まで来たところで、男たちが足を止めた。
審査員が片手を上げている。
「妨害役、ここまで」
二人の棒が下がった。
俺はまだ槍を下ろさず、角の向こうを見た。
リオが依頼人と一緒に、白線の手前で待っていた。
男が手を上げる。
「私は着いた。二人も来られるか」
「行きます」
答えたところで、審査員が言った。
「経路は確保された。残した荷物をどうする」
俺はテッサを見た。
彼女は息を整えながら頷いた。
「ここは見てる」
俺はリオへ声をかけた。
「依頼人のところへ行く。代わってから、鞄を頼めるか」
「うん」
歩いて白線のそばへ行く。
リオが動く前に、依頼人の隣へ立った。
「代わった」
「取ってくる」
リオは来た道を戻った。
曲がり角にはテッサがいる。妨害役は離れ、通路の先まで見えていた。
鞄を拾ったリオが戻り、テッサも続いた。
四人で白線を越える。
「終了」
その声を聞いて、ようやく槍を下ろした。
◇
リオが鞄を返すと、依頼人役の男は肩へ掛け直した。
「世話になった」
ただの審査だ。
分かっていたのに、その言葉は嬉しかった。
テッサが盾を下ろし、俺の腕を見た。
「そこ、平気?」
「少し痛い。動く」
「振り返ったね」
「……振り返った」
リオもこちらを見る。
「でも、そのあと戻ってきた」
俺は何を言われたのか、一瞬分からなかった。
「相手を見る方に。俺たちのこと、ずっと気にしてなかっただろ」
「ああ」
気にならなかったわけではない。
鞄が落ちたと聞けば、どこへ落ちたのか見たかった。依頼人が止まれば、何をしているのか確かめたかった。
それでも、俺が振り返るたび、目の前が空く。
リオの声を聞いて、任せた。
テッサの足が入ってきてから、場所を譲った。
前回との違いを、自分の言葉で説明できそうだった。
審査員が近づき、依頼人役と短く話した。
紙へ何かを書き、俺たちを見る。
「荷物を置いた理由を、あとで聞く。ノルは腕も確認してもらえ。武器を返したら、三人とも受付の横で待て」
まだ、合否は言われなかった。
俺たちは頷いた。
リオが先に歩き出し、テッサが盾を持ち直す。俺は練習用の槍を返しに向かった。
白線の向こうから、通ってきた道を振り返る。
前回は、途中に荷車を残した。
今日は、依頼人も、荷物も、三人も、こちら側にいる。
右腕は痛む。失敗もした。
それでも、今度は最後まで歩けた。
「ノル、行こう」
テッサに呼ばれ、顔を戻した。
俺は二人のところへ歩いた。




