第65話 鉄札を目指す日
「良級です。付与はありませんが、よくできていますね」
鑑定担当の男は、俺たちが持ち帰った灯りを台へ置いた。
真鍮色の枠を開き、正面の厚いガラスと、その内側にある曲面を順に指す。
「光を集めて、向けたい場所へ送る作りです。この内側を傷つけると、今ほど見やすくはなくなります。砂のついた布で磨かないように」
テッサが覗き込んだ。
「魔法じゃないんだ」
「魔法でなくても、上等な道具はありますよ」
それは、俺たちが使っている武器も同じだった。
男は覆いを動かし、細くなった光を壁へ向けた。
「広く照らせば、手元の作業に。絞れば、少し離れた場所の確認に使えます。ただ、光が届くことと、細部まで見分けられることは別ですからね」
「穴の向こうが明るく見えたからって、歩けるとは限らない、と」
俺が言うと、男は頷いた。
「そういうことです。あと、油は普通に減ります」
「そこは魔法でもよかったね」
テッサの言葉に、リオが笑った。
鑑定票には、集光灯と書かれた。
強い魔物を倒すための武器ではない。それでも、三人で台の上の灯りを眺めていると、売るという選択肢は出てこなかった。
帰りには、ガラスを覆う厚い布を買った。
せっかく拾った宝物を、鞄の中で割るのは嫌だった。
◇
リーヴェから記録が届いたのは、それから六日後だった。
その間も、俺たちは仕事をしていた。
近郊への荷物の配達と、倉庫の整理。迷宮へ入らない日には武器を動かし、夕方には集光灯を使って、宿の裏庭で道具の手入れをした。
照らす範囲を狭くすると、矢の軸に入った傷が見つけやすい。
リオが気に入り、俺が槍の穂先を見る番になるまで、なかなか返ってこなくなった。
橋の模様を写した紙もギルドへ提出したが、すぐには何の印か分からないという。控えを残してもらい、それ以上は急がなかった。
今は、別に待っている返事があった。
「三人とも、鉄札への昇級審査を受けられます」
受付でそう言われたとき、俺は持っていた完了報告を少し強く握った。
「三人とも、ですか」
「はい。それぞれ、審査へ進むための実績は確認できました」
テッサとリオを見る。
二人とも、俺を見ていた。
「受けられるって」
「聞こえてた」
テッサはそう答えたが、口元が緩んでいた。
渡された紙には、翌々日の集合時刻と、持参する装備が書かれていた。
訓練場で武器の扱いと判断を確かめ、その後、普段組んでいる三人で連携を見る。評価は一人ずつ行い、全員が同じ結果になるとは限らない。
そこまで読んだところで、少しだけ手が冷たくなった。
リオが紙を覗いた。
「一人だけ残ることもあるんだな」
「あるって書いてあるな」
「じゃあ、三人とも通ろう」
テッサが簡単に言った。
簡単に決まることではない。
けれど、今ここで言うなら、それが一番よかった。
俺たちは翌日の仕事を入れず、審査に備えることにした。
◇
当日の訓練場は、いつも練習に使う場所なのに、少し違って見えた。
土の上に白い線が引かれ、木の仕切りが並んでいる。奥には藁の的が吊るされ、壁際には練習用の武器が揃えられていた。
審査を担当するのは、髪を後ろで結んだ男だった。
俺たちの装備を順に確かめ、短槍の穂先を覆ってから、練習用の一本と長さを比べる。
「今日はこっちを使え。重さは少し違う。先に動かして慣らしておけ」
渡された木の槍を握る。
振り回さずに突き、引き戻す。手の位置を変え、後ろの端も確かめた。
男はその様子を見てから、紙へ何かを書いた。
もう始まっているのかもしれない。
「俺に勝てば合格、という審査じゃない。お前たちが、どこまで自分で扱えるかを見る」
男は俺たちを順に見た。
「分からん指示は、その場で聞け。分かったふりをして動くな」
ベックとは声も顔も違った。
それでも、言われると背筋が伸びた。
◇
最初は俺だった。
男は短い木剣と小盾を持ち、線の内側へ入った。
「身体の正面だけを狙え。頭への攻撃は禁止。こちらは腕と胴を狙う」
頷き、槍先を向ける。
男が一歩進んだ。
俺は小さく突いた。盾で横へ外される。すぐ引き戻したが、男はもう一歩入ってきた。
近い。
柄を短く持ち直そうとしたところで、木剣が右腕に触れた。
「止め」
思ったより、あっさり終わった。
男は離れ、俺が最初にいた場所を指した。
「今、どこへ下がれた」
俺は足元を見る。
後ろにはまだ余裕があった。左にも動けた。
相手が入ってきたことばかり気にして、その場で槍を使い続けようとした。
「後ろへ下がれました。左にも」
「次」
二度目は、盾に槍先を外されたところで、斜め後ろへ足を引いた。
男が追ってくる。
俺は槍を突き直しかけたが、盾がすでにその線へ入っていた。無理に押さず、穂先を戻す。男の足が止まったところで、盾の外側へ向けて構え直した。
今度は、木剣が届かなかった。
「止め」
まだ一度も当てていない。
息を吐きながら男を見ると、今度は次の場所を示された。
木の仕切りで幅を狭めた通路だった。
「ここでは、どれを使う」
練習用の槍と剣が並んでいる。
俺は通路へ入り、曲がり角を見た。槍を短く持てば進めるが、急に横へ向くには窮屈そうだった。
「剣を使います」
「理由は」
「角の先で近づかれたら、槍を戻す場所が足りません」
風鳴りの迷宮で、岩トカゲを前に持ち替えたときのことを思い出した。
あのときは、槍を壁際へ置いてから剣を抜いた。今も、置く場所と抜く手順を確かめる。
男は頷き、木剣を取るよう促した。
短い打ち合いでは、一度、構えを押し込まれた。俺は肩へ来る剣を避けようとして、仕切りへ背中をぶつけた。
それでも、次に下がる場所は見た。
終わったとき、腕には二か所、土がついていた。
上手くできたとは言いにくい。
だが、何も分からないまま終わったわけでもなかった。
◇
テッサの課題では、盾の後ろに木の人形が置かれた。
男が先を布で包んだ棒を構える。
「守るのは、そいつだ。線の内側なら動いていい」
「分かりました」
最初の突きは、盾の真ん中で止まった。
二度目は上。テッサが盾を上げる。
男は棒を引き、身体ごと横へずれた。盾の縁を回った先端が、人形の脇腹へ触れた。
「あ」
テッサが振り返る。
「お前には当たってないな」
「……はい」
「もう一度」
盾を構え直したテッサは、今度は人形のすぐ前ではなく、半歩離れた位置へ立った。
男が横へ動く。
彼女も盾を振るだけではなく、足から位置を変えた。棒が外側へ回る前に、盾の面がその間へ入る。
ただ、次に逆へ動かれると、今度は追いつききれなかった。
棒が人形の肩へ触れる。
テッサが唇を結んだ。
「盾だけで追うと遅れるな」
男が言った。
「相手が動いてから、全部塞ごうとしてる」
テッサは足元の線を見た。
少し考え、人形の立つ場所を指す。
「守る相手が動けるなら、一緒に下がってもいいですか」
「この課題では人形は動かせん。だが、その確認はしていい」
彼女は頷いた。
何でも盾で止めればいい、とは言わなかった。
審査を終えて戻ってくると、テッサは盾を地面へ置き、指を開いた。
「いつもなら、二人が動いてくれるのに」
「声をかけてくれるからな」
俺が答えると、彼女は人形を見た。
「喋らない相手、守りにくい」
俺は少し笑った。
けれど、彼女はまだ真剣に、人形と男の立っていた位置を見比べていた。
◇
リオは、的へ向かった。
最初は距離を変えた三つの的だった。矢は中心から少し外れたものの、三本とも内側の円に入った。
次は、縄で左右へ動かす的。
一射目は端へ当たり、二射目は外れた。
リオは唇を舐め、三射目を番えた。
的が動く。
弓が引かれたところで、手前を白い布が横切った。
リオは放さなかった。
的が端まで動いても、そのまま引き続けることはせず、弦をゆっくり戻した。
「どうした」
「手前に入ったので」
「布だぞ」
リオは一度、男を見た。
「何の役か、聞いてません。的と一緒に射っていいものか、分からなかったので」
男は頷いた。
「味方の位置を示す布だ。今の判断でいい」
俺は息を吐いた。
見ているだけでも、肩に力が入っていたらしい。
やり直しの一射は、布が通り過ぎてから放たれた。
矢は中心を外したが、的には当たった。
戻ってきたリオは、自分の指掛けを見ていた。
「もう少し、真ん中に入れたかった」
「手前の布には当てなかっただろ」
「うん。でも、両方できるようにはなりたい」
喉袋に矢を通したときも、似たことを言っていた。
俺は頷いた。
今できることで十分だと認めることと、その先を望むことは、別だった。
◇
休憩を挟み、男が俺たちを呼んだ。
「基本の確認は終わりだ。次は三人で動いてもらう」
合否は、まだ言われなかった。
男が示したのは、小さな荷車だった。
荷台には木箱が一つ載っている。
「これを、奥の白線まで運べ」
テッサが俺を見た。
俺も、彼女を見た。
「また荷運びか」
「得意な方でよかったね」
リオが荷車の車輪を確かめた。
木の仕切りで作られた道は、二度曲がっている。途中には、横から入れる細い道もあった。
男は三人の反応を見てから、続けた。
「道中には妨害役が入る。相手を全員倒す必要はない。運べないと判断した場合は、理由と次の行動を説明しろ」
荷物を置き去りにして走るだけでも、相手を追い回すだけでも終わらないらしい。
リオには、矢の使用場所と標的が別に示された。人に向けて射ることは禁止。通路の向こうに出る藁の的だけを狙う。
俺とテッサも指示を聞き、分からないところを確かめた。
「相談する時間をやる」
男が離れる。
俺は荷車の取っ手を持ち上げた。
空ではないが、重すぎもしない。一人で動かせる。止めて手を離しても、平らな地面なら勝手には転がらなかった。
「俺が運ぶ。テッサは前、リオは後ろを見るのでどうだ」
「角で離れすぎないようにする」
テッサが答えた。
「横道は俺も見る。射てない場所なら、先に言う」
リオが道を指す。
俺は最初の曲がり角を見た。
「前が詰まっても、すぐ押さないでくれ。荷車をどこへ寄せるか、先に決めたい」
「分かった。止めるときも声ね」
「ああ」
テッサが盾を構えた。
リオは弓を低く持ち、荷車の後ろへ回る。
俺は練習用の槍を片手で支え、もう片方の手で取っ手を握った。戦うなら、まず荷車を止めて手を空けなければならない。
初めてテッサと組んだ日も、二人で荷物を運んだ。
あのときは、彼女の盾が大きいことばかり気にしていた。
今は、どこに立ってくれれば槍を出せるか分かる。リオに見てもらいたい場所も、言葉にできる。
男がこちらへ顔を向けた。
「準備はいいか」
俺は二人を見た。
テッサが頷く。リオも、小さく頷いた。
「はい」
車輪が動き出した。
最初の角の向こうで、木の棒が仕切りに触れる音がした。
テッサの歩幅が小さくなる。
「前、いる」
「荷車、止める」
「後ろは空いてる」
三人の声が続いた。
俺は取っ手を下ろし、両手で槍を持ち直した。
銅札をもらった日には、何もできないと答えた。
今日は、できるようになったことを見せに来た。




