↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
53/87

第50話 売らずに持ち帰るもの

 宝箱を前にして、テッサが盾を置いた。


 手を伸ばしかけて、止める。それから俺とリオを順番に見た。


「開けていい?」


「周りを見てからな」


「もう見た」


「俺はまだ見てる」


 リオが白い石柱の裏から答えた。


 岩甲亀のいた水辺より、この部屋は少し高い。床には浅い水の筋が走っていたが、宝箱は乾いた岩棚に載っている。奥にも通路はあったものの、今いる場所から先までは見通せなかった。


 俺は入ってきた道を振り返った。


 さっきまで、あの向こうを通れるかどうかも分からなかった。それが今は、三人で宝箱を囲んでいる。


 剣を握っていた右手には、まだ疲れが残っていた。嬉しいからといって、急に身体まで元気になるわけではないらしい。


「近くには何も見えない。僕は入口を見てるよ」


 リオが戻り、弓を手元に置いた。


 箱には暗い緑色の金具が付いていた。蓋の縁や留め具を確かめたが、俺に分かるような仕掛けはない。錠前も付いていなかった。


「じゃあ、開けるよ」


 テッサが蓋へ手を掛け、ゆっくり持ち上げた。


 蝶番が低く鳴った。


 三人とも、その音が止まるまで黙っていた。


 箱の底には、折り畳まれた布と、小さな革袋があった。布の隙間から、銀色のものが覗いている。


 テッサが慎重に布を広げた。


「……手?」


「手甲だな」


 左手に着けるものだった。


 濃い灰色の革に、指の動きに沿って細い金属板が重なっている。手首の周りには、青白い線が一本、編み込まれるように走っていた。


 派手な飾りはない。それでも、店先で見かける作業用の手袋とは違った。


 テッサが持ち上げ、裏返す。


 掌の部分だけは金属がなく、細かな模様の入った革になっている。


「左だけ?」


「もう片方は入ってない」


 箱を覗いていた俺が答えると、彼女は自分の左手へ目を落とした。


 盾の持ち手を握る手だ。


「着けたい顔してる」


 リオが言った。


「してない」


「今、指を入れかけた」


「大きさを見ようと思っただけ」


 テッサは手甲を胸の前で持ち直した。手首の青い線が、洞窟の光を細く返す。


 俺も使ってみたくなる気持ちは分かった。何に使うものなのか分からないのに、これを着けた手で道具を握るところを、もう想像してしまう。


「村で見てもらおう。変なものじゃなければ、試せる」


「うん」


 返事をしても、テッサはすぐには布へ戻さなかった。


 俺はその間に革袋の口を開いた。


 中で硬貨が触れ合った。


 一枚取り出し、指の上へ載せる。銅色ではなかった。


「銀貨だ」


 テッサが顔を上げる。


「何枚?」


「待て。今数える」


 銀貨が三枚。銅貨が十八枚。


 岩棚に並べると、テッサが手甲を置いて数え直した。俺は文句を言わず、もう一度一緒に数えた。


 何度数えても、銀貨は三枚あった。


「一人、銀貨一枚と銅貨六枚だね」


 リオが入口から目を離さずに言った。


「早いな」


「二人とも、銀貨のところで止まってるから」


 俺は笑い、硬貨を袋へ戻した。


 銀貨一枚。


 荷物を運び、宿代を払い、刃を研いでもらう。その繰り返しで少しずつ貯めてきた金に、まとまった重さが加わる。


 《鉄輪》の壁にあった、黒い柄の短槍が浮かんだ。


 まだ店に残っているだろうか。


 帰ったら、値札を見てため息をつくだけでは済まないかもしれない。


「ノル、顔」


「何だよ」


「槍のこと考えてるでしょ」


 テッサに言われ、否定できなかった。


 ◇


 帰り道では、新しい通路へ入らなかった。


 荷物を増やした肩も、岩甲亀と向き合っていた脚も、今日は十分働いた。リオも矢筒の中を確かめ、来た道を指した。


「次に来た時、あの奥を見よう」


 その言い方が嬉しかった。


 次がある。


 無事に帰れば、今日通った場所の先を、また三人で見に来られる。


 水辺を離れ、滝の音が聞こえるところまで戻った時、前方の岩陰から声がした。


「お前らか」


 カイルたちだった。


 向こうもこちらに気づいて立ち止まっていた。俺たちの濡れた服と、テッサの盾を順に見る。


「奥へ行ってたのか?」


「ああ。水を吐く、甲羅の硬いやつがいた」


「岩甲亀?」


 俺が頷くと、カイルは少し眉を上げた。


「抜けてきたのか」


「倒した。何度も水を吐かれて、かなり疲れたけど」


 口にしてから、妙に落ち着かなくなった。


 自慢に聞こえただろうかと思ったが、カイルは俺たち三人を見て、口元を緩めた。


「三人でか。やるな」


 短い言葉だった。


 俺は返事をしようとして、一度息を飲んだ。


 石鎧蟹を相手にした時、俺たちだけでは届かなかったところへ、カイルたちの武器が届いた。その相手に、今そう言われた。


「……そっちも、奥へ?」


「今日は別の道だ。明日、そっちも見てみる」


 リオが岩甲亀のいた場所と、足元の滑りやすい斜面について説明した。カイルは途中で二度聞き返し、覚えるように奥を見た。


 別れる時、テッサが小さく息を吐いた。


「やるな、だって」


「聞こえてた」


「もう一回聞いてもよかったね」


「言わせに戻るなよ」


 彼女は笑い、盾を背負い直した。


 俺も、さっきの言葉を頭の中でもう一度聞いていた。


 ◇


 村へ戻り、報告と売却を済ませたあと、受付で手甲を見せた。


 職員は手首の模様を確かめると、奥から装備の見本帳を持ってきた。何枚かめくり、似た模様が描かれた頁を開く。


「《握り留めの手甲》ですね。付与が残っているか、確かめましょう」


 机の上へ、滑らかな木の棒が置かれた。


 職員は手甲の革や留め具を調べてから、テッサへ渡した。


 彼女は左手を入れ、手首の帯を締めた。少し余った部分を調整すると、指の付け根まで収まる。


「軽く持ってください」


 テッサが棒を握る。職員がゆっくり引くと、棒は掌の中を滑った。


「今度は、指を曲げてしっかり握って」


 言われた通りにした瞬間、手首の線に淡い色が浮かんだ。


 もう一度引かれても、棒は動かなかった。


 テッサの肘が、棒と一緒に少し前へ出る。


「あ」


「握った物を滑らせにくくする付与です。指を開けば解けますよ」


 テッサが手を開く。今度はするりと棒が抜けた。


 握る。離す。


 彼女はもう一度、自分で確かめた。


「盾にも?」


「持ち手がこの掌に当たれば。ただ、腕の力が増えるわけではありません。強く引かれれば、さっきのように腕ごと持っていかれます」


 テッサは頷いた。


 水に濡れた持ち手を握り直していた姿を、俺は思い出していた。盾を傾けたあと、指を掛け直すほんの少しの間。そこを助けてくれるなら、役に立つ場面はありそうだった。


 職員は手甲を返してもらい、指の継ぎ目を最後にもう一度確かめた。


「良級として扱える品です。売却もできますが、どうしますか」


 テッサはすぐには答えなかった。


 手甲と、自分の盾を見る。


「売ったら、三人で分けられるね」


「使いたいんじゃないのか」


「使いたいよ。でも、一個しかないから」


 俺はリオを見た。


 リオは頷き、テッサへ向き直った。


「僕は使ってほしい。次も、その盾の後ろから射つことがあると思うから」


「俺も。石弾の巻物は使わせてもらったしな」


「それは、ノルに土の適性があったからでしょ」


「これは、お前の左手に合う」


 テッサは手甲を受け取り、指を一本ずつ曲げた。


「じゃあ、次に弓で使えるものが出たら、リオね」


「使えるか、ちゃんと見てからね」


「分かってる」


 彼女は笑った。


 職員が帳面を閉じる。


「では、売却はなしで」


「はい」


 今度の返事は、早かった。


 ◇


 宿へ戻る前に、テッサは人のいない広場で盾を持った。


 構えて、傾ける。指を緩め、持ち直す。


 新しい手甲の上に、使い込んだ盾の持ち手が収まっていた。


「どうだ?」


「握り方を変える時、ちゃんと手を開かないと駄目だね」


 そう言って、もう一度動かす。


 突然うまくなる道具ではないらしい。それでも、彼女の目は楽しそうだった。


 リオは少し離れて立ち、盾の横から見える範囲を確かめた。


「今くらい傾けたところで、一度止めてみて」


「こう?」


「うん。そこなら、横を狙える」


 俺も自然と、その反対側へ回っていた。


 剣を抜かず、足を置く位置だけ確かめる。


 三人とも疲れているはずなのに、次にどう動くかを考え始めていた。


「今日は終わり」


 最初に言ったのは、テッサだった。


「私、この手甲を着けたまま、ご飯まで食べそう」


「汁は付けるなよ」


「そこまで下手じゃない」


 盾を背負った彼女は、左手だけは外さなかった。


 俺は分けてもらった硬貨の袋を握った。


 槍に近づいた金。リオは矢を選び直したいと言っていた。テッサの左手には、今日までなかった装備がある。


 食堂の前まで来たところで、俺は二人に声を掛けた。


「リーヴェに帰ったら、寄ってほしい店がある」


「武器屋?」


「その前に、食堂。俺が働いてたところ」


 ガルドに冒険の話をする時、一人で説明するより、二人にいてほしかった。


 大盾の大きさも、リオの弓も、実際に見てもらえば早い。それに俺だけが話したら、都合の悪い失敗を少し省いてしまうかもしれない。


「おいしい?」


 テッサが聞いた。


「ああ」


「じゃあ行く」


「僕も。ノルがどんなふうに働いてたか、聞いてみたい」


「それは聞かなくていい」


 リオが笑った。


 あの店を出た時、持っていたのは中古の短剣と、銅札と、減り始めた金だった。


 帰る時には、話せることが増えている。


 俺が戸を引くと、テッサが左手で押さえてくれた。手首の青い線が、夕方の光を受けて見えた。


 銀貨に替えなかったものが、もう俺たちの道具になっていた。



挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。