第44話 六人で届く場所
村へ戻ると、カイルたちは宿の軒下で装備を広げていた。
槍を持っていた男が、泥のついた柄を布で拭いている。俺たちに気づいたカイルは、最初にテッサの盾を見た。
「戦ったのか?」
「近づいてきたから戻った。剣は抜いてない」
「鋏、思ったより伸びるだろ」
「ああ。あれは先に聞きたかった」
「聞かれる前に言えばよかったな」
カイルは苦笑し、隣を空けた。
俺は地図を広げ、蟹が泥スライムを追ったときの動きを話した。岩に鋏を取られ、抜こうとする間に前脚が浮いたこと。リオがその位置を指すと、槍の男が身を乗り出した。
「そこなら突ける。ただ、横へ逃げられると難しい。昨日も穂先を向けた途端に動かれた」
「矢を先に入れたら、止まるかな」
リオが聞いた。
「当たる場所次第だな。殻なら弾かれる」
「浮いた脚の、付け根を狙いたい」
カイルが自分の剣を膝へ置いた。
「俺は槍の反対側へ回れる。でも、二人で水に入ると足場が足りない」
「じゃあ、こっちは?」
テッサが地図の端を指した。
話が、少しずつ形になった。
最後にカイルが顔を上げる。
「明日、一緒にやるか」
「先に倒すんじゃなかったのか?」
「六人で倒したら、先も後もないだろ」
俺たちは顔を見合わせた。テッサが頷き、リオも地図から手を離した。
「分け前は?」
テッサが聞くと、カイルは即答した。
「取れたものを売って、六人で等分。壊した道具は、それぞれ持つ」
「なら、盾は壊さないようにする」
「俺も剣をこれ以上欠かしたくない」
ようやく、勝った後の話ができた。
◇
翌朝、石鎧蟹は同じ広間にいた。
左の乾いた岩に胴を寄せ、大きな鋏を水へ浸している。昨日、泥スライムを追った岩の割れ目も見えた。
俺たちは入口の陰で止まり、予定していた場所を確かめた。
カイルたちの三人目は短槍を持ち、帰り道の見張りについた。俺とテッサは入口寄り。リオはその後ろの平たい岩で弓を構える。カイルと長槍の男が、左の岸へ進んだ。
「こっちだ」
カイルが石を一つ、水際へ放った。
蟹の目が動く。身体をこちらへ向けるのと同時に、カイルはもう下がっていた。相手が動いてから逃げるのではない。寄ってくる距離を見越して、次の足場へ移っている。
蟹が追う。
テッサが岩陰から盾を見せた。大きな鋏が持ち上がると、すぐに盾ごと引く。
鋏が振り下ろされた。
狙っていた割れ目には入らず、手前の岩を叩いた。欠片が水へ飛び、蟹はすぐに鋏を戻した。
「引っかからない!」
俺が言うより早く、カイルが手を上げた。
「そのまま。無理に出るな!」
同じことをしてくれるとは限らない。昨日見た動きだけで、相手の全部を知った気になっていた。
蟹は横へ動き、テッサのいる岩陰を回ろうとした。
長槍の穂先が、その進路へ出る。
突くのかと思ったが、男は踏み込まなかった。蟹が向きを変えるのに合わせて穂先を動かし、こちらへ抜ける道を狭めている。
カイルが反対側へ回った。蟹の小さい方の鋏が、そちらを追う。
大きい方が持ち上がった。
リオの弦が鳴った。
矢は前脚の付け根へ届く前に、下りてきた鋏に弾かれた。石の上を跳ね、暗がりへ消える。
「早かった」
リオが呟いた。すぐに次の矢を取る。
蟹の身体がこちらへ向き直った。
「ノル、右を空けて」
テッサが言った。
俺は岩の裏へ寄った。テッサは盾を動かし続けず、相手の鋏が上がるのを見て、先に足を引いた。盾の端が視界から消えると、大鋏がその跡を叩く。
彼女はまだ息を止めている。余裕があるわけではない。それでも、さっきより後ろへ下がる動きが滑らかだった。
「次も、そこへ下がれる?」
「うん。石があるから、場所は分かる」
俺は彼女の足元から、蹴り出された欠片を退けた。
蟹が鋏を引く。その先端が岩の窪みに触れ、ほんの少し身体が傾いた。
リオは射たなかった。
弓を引いたまま、蟹を見ている。
前脚が浮き、殻の下に暗い隙間が開いた。
そこで、二本目が飛んだ。
矢が付け根へ刺さる。蟹の脚が折れ曲がり、身体の右側が沈んだ。
「今!」
リオの声と一緒に、長槍が伸びた。
刃先が小さい鋏を押しのけ、その奥へ入る。男は深追いせず、蟹が暴れる前に柄を引いた。
反対側では、カイルが剣を振っていた。
殻ではなく、身体を支えている後ろの脚へ。刃が戻ったときには、もう足が元の岩へ戻っている。
俺は動けなかった。
見とれていたわけではない。剣を出せる場所を探しているうちに、二人が攻撃を終えていた。
「ノル、下がってくる!」
テッサの声で、顔を上げた。
蟹が傷めた脚を引きずりながら、入口側へ身体をずらしていた。小さい鋏が岩の縁へかかる。そこを支えに、大きい方をカイルへ向けようとしている。
目の前に、脚の付け根が見えた。
「右から突く!」
声をかけ、乾いた岩へ一歩出た。
剣を差し込むと、硬い殻の縁に刃が擦れた。少し角度を変え、押し込む。柄へ重みがかかり、肩が前へ引かれた。
「抜け、戻れ!」
カイルの声に、剣を引いた。
蟹の脚が俺の靴先を掠める。テッサが上着を掴み、岩陰へ引き戻した。
大鋏が持ち上がった。だが、今度は身体を支えきれず、先端が水へ落ちた。
長槍が、その鋏の戻る先を塞ぐ。
カイルが踏み込み、目の突き出した部分の下へ剣を入れた。
蟹の脚が岩を掻いた。俺たちは離れ、動かなくなってからも、しばらく近づかなかった。
水面の波紋が、ゆっくり小さくなっていった。
◇
「当たったな」
カイルに言われ、リオは折れた一本目の矢を見た。
「二本目は。最初は待てなかった」
「二本目で直したんだろ」
そう返されると、リオは少しだけ笑った。
俺は剣を拭き、刃の縁を確かめた。目立つ欠けはなかったが、最後に抜いたときの重さが、まだ腕に残っている。
「戻るの、遅かった」
テッサが言った。
「分かってる。引っ張ってくれて助かった」
「次は、上着が破れる前に戻って」
盾には、今日は大鋏の傷が増えていなかった。彼女もそれを確かめ、ようやく肩を下ろした。
回収できたのは魔石と、運べる大きさに外した鋏の一部だった。肉の扱いは誰も確信が持てず、手を出さなかった。
村の買い取り所で受け取った硬貨を六つに分ける。俺の前にも、同じ枚数が置かれた。
剣を入れたのは一度だけだった。
それでも、俺たちがいなければ今日の戦い方にはならなかった。リオの矢も、テッサが作った隙も、カイルたちの素早い踏み込みも、全部があの広間に必要だった。
「次は、こっちの三人だけでやれるようになりたい」
硬貨をしまいながら言うと、カイルが笑った。
「その頃には、俺たちはもっと先へ行ってるよ」
「じゃあ、追いつくまで待たなくていい」
言ってから、自分でも少し驚いた。
カイルは楽しそうに仲間を振り返った。
俺もテッサとリオを見る。二人とも、否定はしなかった。
今日、六人で届いた場所へ、いつか三人で届く。
欲しいものが、武器の値段だけではなくなっていた。




