幕間 テッサの小さな袋
テッサは寝台へ腰を下ろし、小さな袋を開いた。
中の硬貨を指先へ出し、枚数を確かめる。夕方に数えたばかりだから、増えてはいない。
それでも、結び直す時には少し気分がよかった。
実家にも、似たような袋があった。
母は服を繕った代金を受け取ると、食費と糸代、それから冬に使う金を分けていた。針が折れれば針を買い、布が足りなければ布を買う。
受け取った金が全部使えるわけではないと、テッサはそこで覚えた。
母の仕事を手伝うのは嫌いではなかった。洗った布を干し、仕上がった服を届け、端切れを色ごとにまとめる。
ただ、自分が何をしたいのか聞かれると、返事ができなかった。
家で必要なことなら、いくらでも思いついた。
自分のために欲しいものは、値段を考えているうちに口にしなくなった。
ある日、繕い終えた外套を取りに、女の冒険者が来た。
肩のところが裂け、裾には消えない泥染みがあった。母が修繕した箇所を示すと、女は満足そうに羽織った。
「今度はどこへ?」
母に聞かれ、女は町の名前を二つ挙げた。
「どちらかにする。明日までに決めるよ」
テッサは、その答えを妙に覚えていた。
行き先を、これから決める。
誰かに言いつけられた場所へ服を届けるのとは違った。
冒険者になりたいと話した時、母は困った顔をした。反対する言葉も、心配する言葉も、どちらも当然だと思った。
剣の練習を始めてみても、格好よく振ることはできなかった。相手が踏み込んでくると目を閉じたくなったし、打ち返そうとすると腕が固まった。
盾を試した時は、少し違った。
怖いことに変わりはない。だが、自分と相手の間に置くものがあった。押されても、どちらへ足を動かせばいいか考えられた。
それなら続けられそうだと思った。
出発の日、母は小さな布袋を渡してくれた。
金は入っていなかった。
「帰ってくる分は、これに入れなさい」
言われた時には、まだ何もしていないのに帰る話かと思った。
今は、少し分かる。
帰る分を残しておけば、行ってみたい場所を選べる。
ノルは湖を見たいと言っていた。リオは沢の向こうで、次に来るための目印を探していた。
一緒にいると、明日の話が増える。
テッサは袋を鞄の奥へしまい、壁に立てかけた盾へ手を伸ばした。縁に残った汚れを布で拭き、留め具を確かめる。
石雫の迷宮では、何が見つかるだろう。
売れるものも欲しい。宿代を気にせず、温かい料理を頼めるくらいには稼ぎたい。
それとは別に、母へ話して聞かせることも欲しかった。
直した外套を取りに来た、あの冒険者のように。
テッサは盾を戻し、明日の服を枕元へ置いた。
今度の行き先は、もう決めてある。




