↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
38/95

第37話 帰りの分も

 テッサは、紙に並んだ金額をもう一度足した。


「足りない」


「さっきもそう言っただろ」


「足したら増えないかなと思って」


「それで増えたら、俺も一日中やる」


 ギルドの隅の卓には、石雫の迷宮へ行くための持ち物を書いた紙が広がっていた。


 食料、雨具、宿代。リオの矢も補充したい。テッサの灯りは持っていけるが、それだけに頼らず予備も要る。


 持っている金を全部使えば、出発はできそうだった。


 ただ、それでは帰ってから困る。


「帰りの宿代と飯代は、先に分けとこう」


 テッサが紙の端を折った。


「迷宮で何も拾えなかったら、歩いて帰る間ずっと空腹になる」


「行きも帰りも歩くけどな」


「空腹の方が大事」


 俺は折られた部分へ線を引いた。


 使える金が、また減った。


 リオが採取依頼の控えを卓へ置く。


「昨日の白筋草、取りに行こう。場所は分かってるし」


 それには異論がなかった。


 俺たちは依頼の条件を確かめ、買ったばかりの採取袋を持って東門へ向かった。


 ◇


 倒木のあった場所は、荷車が通れるようになっていた。


 幹の切り口はまだ白い。俺たちが脇へ運んだ枝の束には、朝露が残っている。


「ここ、俺たちも片づけたんだよな」


 リオが言った。


 昨日は作業中で、道が開いたところをゆっくり眺める余裕がなかった。


 今日は止まらず、その先へ進める。


 二股の木から沢へ下りると、白い石の間を水が流れていた。まずは昨日見つけた株のところへ行き、葉の裏を確かめる。


 細い白筋が、根元から先まで通っている。


「合ってる」


 リオが頷いた。


 教わった通り、使える葉を選んで摘み、潰さないように袋へ収める。残す株も決めておいた。全部採れば、次に来る理由までなくなる。


 俺とリオが交代で摘み、テッサが周囲を見ていた。


 思ったほど早くは増えない。


「草って、探すより選ぶ方が長いんだな」


「傷んだ葉を混ぜると、買ってもらえないんだって」


 リオは虫食いのある葉を避けた。


 袋が半分ほど埋まったところで、沢の向こうにも白筋草が見えた。こちらより日陰が広く、岩の根元にまとまって生えている。


 水は浅い。飛び石を使えば渡れそうだった。


 俺は手前の石へ足を置き、少し体重をかけた。


 石が傾く。


「ここは駄目だ」


 戻って横を見ると、平たい石が二つ並んでいた。表面の濡れ方を確かめ、片足ずつ乗せる。


 テッサが後ろから覗いた。


「どう?」


「こっちなら行けそう。真ん中は苔があるから踏むなよ」


 リオが採取袋を抱え直した。


「濡らしたら、今までの分が台無しだね」


「俺も濡れたくない」


「ノルは乾くでしょ」


 草より扱いが軽い。


 そう思いながら渡り切った時、対岸の低い枝が揺れた。


 リオが足を止める。


「待って。あの根元」


 枯れ葉の間に、灰褐色の背中があった。


 樹皮トカゲだ。


 口元に小さな虫を咥え、俺たちを見ている。白筋草の群落へ行くには、その前を通ることになる。


「戻る?」


 テッサが小声で聞いた。


 後ろは沢だ。こちらへ来られてから渡り直すのは難しい。


 俺は立っている場所と、木の根の間を見た。昨日の林道ほど広くはない。剣を振れば、枝に当たる。


「ここで止まろう。追いかけない」


 テッサが前へ出る間に、俺は剣を抜いた。


 今回は斧がない。


 だからといって、硬い背中を斬らなければならないわけでもなかった。


 樹皮トカゲが虫を呑み込み、身体を低くした。尾が落ち葉を押し分ける。


「来る」


 リオの声と一緒に、短い脚が地面を蹴った。


 盾へぶつかった身体が横へ流れる。テッサは押し返そうとしたが、踵が木の根へ当たり、それ以上進めなかった。


「ここから押せない!」


 トカゲが盾の縁へ噛みつこうと首を伸ばす。


 俺は左へ出かけて止まった。太い根が邪魔で、足を置けない。


「右へ入る。リオ、射たないで!」


「分かった!」


 剣を身体の近くへ引き、テッサの右側へ移る。


 盾が少しだけ傾いた。


 その縁から伸びた首の下へ、剣先を入れる。背を叩いた時と違い、刃は滑らなかった。


 樹皮トカゲが暴れ、俺は両手で柄を支えた。テッサが足を置き直して盾を押す。


 動きが弱まったところで剣を引き、二人で下がった。


 リオは弓を向けたまま、周囲にも目を配っていた。


 やがて、尾が動かなくなる。


「昨日と、逆だったね」


 テッサが言った。


「左から入れなかった」


「でも、言ってくれたから分かった」


 昨日決めた位置を、そのまま使うことはできなかった。


 それでも、言えば変えられた。


 俺は剣の汚れを拭き、刃先を確かめた。昨日のような硬い手応えはなかった。握った手は疲れているが、剣を大きく振り回さずに済んだ。


 斧があれば便利な場面はある。


 今日は、この剣を持っていてよかった。


 ◇


 対岸の白筋草は、状態のよい葉が多かった。


 必要な量を採り終え、袋の口を緩く閉じる。リオが木の根元を指した。


「こっちの場所も、書いておこう」


 俺は持ってきた紙へ沢を一本描き、渡った石と、二股の木を書き足した。絵は上手くない。それでも、店の地図よりこの場所については詳しい。


 テッサが覗き込む。


「その丸、何?」


「石」


「パンかと思った」


「沢にパンは置かないだろ」


「置いてあったら、私は拾わない」


 くだらないことを言いながら紙を畳んだ。


 町へ戻ったのは、日が傾く前だった。


 買い取りの職員は葉を広げ、傷みと量を確認した。いくつかは除かれたが、残りは受け取ってもらえた。


 硬貨が台へ置かれる。


 俺たちが見つけた場所が、初めて金になった。


 テッサは報酬を分けたあと、自分の分から何枚かを小さな袋へ移した。口紐を結び、普段の財布とは別の場所へしまう。


「帰りの分?」


 俺が聞くと、彼女は頷いた。


「これは、持ってないことにする」


「全部そっちへ入れたら、何も買えなくなるぞ」


「だから、少しずつ」


 残った硬貨を数える顔は、いつもより満足そうだった。


 俺も財布の中を分けてみた。


 使えない金があるのは、不思議な感じがする。だが、それがある分だけ、地図の上の石雫が少し近くなった気もした。


 リオが採取袋を持ち上げた。


「次は、もう少し傷めずに運べると思う」


「じゃあ、その分も旅費だな」


 俺が言うと、テッサがすぐに口を挟んだ。


「少しは昼飯にも使おうよ」


「帰りの分は?」


「それはもう分けた」


 頼もしいのか、都合がいいのか。


 たぶん、両方だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。