↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
37/94

第36話 地図の外へ行く準備

 林道を離れる前に、俺は借りた小斧を作業員へ返した。


 刃の汚れを落とし、柄についた泥も拭いてある。男は斧を受け取ると、刃先を光へ向け、親指の腹で横から確かめた。


「欠けてはいないな。使い勝手はどうだった?」


「背中には入りました。ただ、抜けなくなって」


「深く食い込ませりゃ、そうなる。木だって同じだ」


「木なら待ってくれるんですけどね」


 男が笑った。


「買うなら、何に使うか店で言えよ。枝払いと魔物退治じゃ、選ぶ物も変わる」


 俺は頷き、空いた手を握った。斧の柄を掴んでいた指の付け根が、まだ少し熱い。


 持ち帰れる武器は増えていない。


 その代わり、次に武器屋で聞きたいことが増えた。


 ◇


 ギルドへ戻ると、まず依頼の完了を報告した。


 樹皮トカゲを除いたことと、荷車が通れる幅まで倒木を片づけたこと。作業員の署名を確かめたミラが、報酬を数える。


 その横で、リオが布包みを開いた。


「これも見てもらえますか。林道の沢で見つけたんです」


 中にあるのは、三枚ずつ細い葉をつけた草だった。


 採取品を扱う職員が呼ばれ、葉の表と裏、それから根元を順番に調べる。


「白筋草だね。依頼に出ている物で合ってる」


 リオの顔が明るくなった。


「売れます?」


 テッサが先に聞いた。


「これは見本に採ったんだろう? 一株では買い取りの量に足りない。次は葉の裏の白い筋まで確かめて、傷めないように持ってきてくれ」


 職員は紙に必要な量を書き足し、似た草との違いも教えてくれた。


 リオが真剣に聞いている横で、俺は沢の場所を思い出していた。二股の木から下りた先に、まだ何株もあったはずだ。


 今日は銅貨にならなかった。


 だが、次に取りに行く理由はできた。


「地図に書いておこう」


 俺が言うと、リオが頷いた。


「目印の木も。道から少し下りるところだから」


「その前に、袋だね」


 テッサが草の包みを指す。


「食べ物と一緒に押し込んだら、帰る頃には潰れてるよ」


 買う物まで決まったところで、俺たちは報酬を分けた。


 ◇


 《鉄輪》では、ドランが俺の剣を見て眉を寄せた。


「硬いものを斬ったな」


「樹皮トカゲの背中です」


「通ったか」


「ほとんど」


「通らなかった顔だな」


 正確だった。


 刃こぼれはしていなかったが、当たった部分には擦れがある。ドランが手を入れている間に、俺は借りた斧の話をした。


 話を聞き終えると、彼は店の奥から刃を潰した練習用の小斧を持ってきた。


「構えてみろ」


 試し振りのできる場所で両手を添える。昨日の剣と同じつもりで持つと、頭が前へ下がった。


「高く上げすぎるな。外したあと、どこまで落ちるか考えろ」


 床に置かれた木片を敵に見立て、ゆっくり振り下ろす。


 一度目は、引き戻す時に身体が前へ傾いた。二度目は踏み込む幅を狭くする。威力は落ちそうだったが、足を戻すのは楽になった。


「止まってる相手でも、それだ」


「動く相手は、もっと難しかったです」


「だろうな」


 ドランは小斧を受け取り、俺の剣と並べた。


「斧が要る時はある。だが、背の硬い相手を見つけるたびに全部これで割るつもりか?」


 樹皮トカゲの脚の付け根を思い出す。そこには剣が入った。


「狙えるなら、今の剣でも戦えます」


「なら、そのやり方も覚えとけ」


 どちらか一本で済む話ではないらしい。


 だからといって、全部持って歩けばいいわけでもない。店の斧を買う前に、俺は背負ってきた荷物を見た。


 今日でさえ、帰りは肩紐が食い込んでいた。


「もう少し練習してから、選びます」


「そうしろ」


 返された剣を鞘へ収める。斧は店へ残した。


 欲しい物が増える速さに、財布も背中も追いついていなかった。


 ◇


 道具屋で採取用の袋を買うと、リオが店先の地図に足を止めた。


「この沢、載ってないね」


「荷車の道が中心だからな」


 店主が答える。


 壁に掛けられた地図には、リーヴェから伸びる街道と集落が描かれていた。今日歩いた林道は細い線になり、その先で途切れている。


 俺たちが座った白い石も、二股の木もない。


 その小さな空白を、俺たちは少しだけ知っている。


 リオが指を動かした先に、黒い印があった。


「ここは?」


「石雫の迷宮だ。行くつもりか?」


 三人とも顔を上げた。


「銅札でも入れるんですか?」


 俺が聞くと、店主は頷いた。


「浅い範囲ならな。詳しいことはギルドで聞け。こっちからだと歩いて二日近くかかる。泊まりの支度は要るぞ」


 テッサが地図の距離を指で測る。


「魔物より先に、足が疲れそう」


「それは間違いない」


 店主は笑い、地図の脇に吊るした雨除けの布を叩いた。


「晴れるとは限らんからな」


 俺たちは顔を見合わせた。


 次に向かったのは宿ではなく、もう一度ギルドだった。


 ミラに名前を伝えると、彼女は棚から薄い案内を取り出した。


「石雫なら、近くの集落に宿と買い取り所があります。初心者が利用する迷宮ですが、皆さんにはまず入口付近の経路をおすすめします」


 開かれた紙には、泉のある広間と、そこから分かれる通路が描かれていた。余白には記録した日付が入っている。


 北採石場の地下で見た壁を思い出した。


「道が変わることもあるんですよね」


「あります。着いたら現地で最新の記録を確認してください」


 リオが俺を見る。


「ノルたちが入った迷宮も、こんな感じだった?」


「もっと分からないことが多かった。案内なんてなかったし」


 あの時は、前を進む上級の冒険者についていった。


 今、机の上にある紙は、俺たちが行き先を選ぶためのものだった。


「もう攻略された迷宮なんですか?」


「守護個体の討伐記録はあります。ただ、コアは壊されていません。素材や魔道具が得られる場所として、残されています」


 テッサの目が、紙の奥に描かれた箱の印へ動いた。


 俺も同じものを見ていたので、人のことは言えなかった。


「三人で行けるかな」


 リオが小さく言った。


 俺はすぐには答えず、案内の持ち物欄を読んだ。食料、雨具、灯り、手当ての道具。宿代とは別に、帰りの金も残さなければならない。


「準備すれば、行けるところまでは行けると思う」


「じゃあ、何が足りない?」


 テッサが自分の鞄を机の脇へ置いた。


 リオも隣へ寄る。


 俺はミラから借りた紙に、足りない物を書き始めた。いちばん上には、迷宮の名前を書いた。


 石雫の迷宮。


 今度は、三人で行く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。