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第34話 昨日より、一歩先へ

 畑の持ち主に案内されたのは、収穫を終えた豆畑だった。


 枯れた茎が畝に残り、その向こうには次に植えるための苗床が並んでいる。丸這いはそちらへ入り込み、柔らかい葉や根を食べているらしい。


「朝は三匹見た。追い払っても、また戻ってくるんだ」


 依頼主が指した畝の間で、半透明の塊が動いた。泥を薄く混ぜたような身体の中に、白い核が見える。


 昨日と同じ相手だった。


 それだけで少し気が楽になりかけて、俺は足元を見直した。果樹園と違い、ここには細い溝が何本も走っている。


「苗床には入らせないようにします。あの空いてるところ、使ってもいいですか?」


 畑の端には、踏み固められた作業場所があった。


「構わんよ。籠はどかしておく」


 依頼主が離れると、テッサが盾を下ろした。


「ここまで連れてくる?」


「うん。畝の間で追い回すより、足元がいい」


 リオは作業場所の横へ回り、弓を持って立つ位置を確かめた。


「俺はここから。二人より前には射たない」


「私が盾で止めたら、右を空ける」


「じゃあ俺は左から入る」


 言葉だけで済ませず、一度並んでみた。テッサが盾を傾けると、リオから見える場所と、俺が剣を出せる場所が分かる。


 昨日は魔物が来てから考えていた。


 今日は、来る前に足を置く場所を決められた。


 ◇


 一匹目は、畝の端に身体を押しつけていた。


 俺が近づくと、丸這いは前側を持ち上げた。剣先を向けたまま少し下がる。塊が縮み、地面を押すようにして跳ねてきた。


 思ったより近くへ落ちる。


 慌てて引いた足が溝へ入りかけたが、踏み越えて作業場所へ戻った。


「連れてきた!」


「見えてる!」


 テッサが腰を落とす。


 丸這いは盾へぶつかり、平たく潰れた。俺は左から踏み込み、伸びた身体へ剣を振り下ろす。


 刃は通った。


 だが、白い核は傷の脇へずれていた。裂けた部分がゆっくり寄り、丸這いが盾の下へ身体を伸ばす。


「止まってない!」


 俺が剣を引く間に、テッサが盾を下げて押し戻した。


 さっきまで中央にあった核が、今は地面近くに沈んでいる。表面を斬っても、そこに届かなければ動きは止まらない。


 俺は剣を振り上げず、腰の近くで構え直した。


「もう一回、止めて」


「次、来るよ」


 丸這いが縮む。


 跳ねたところを盾が受け、身体が横へ広がった。白い核が一瞬、盾の縁に近づく。


 そこへ剣先を突き入れた。


 硬いものを押した感触があり、手首が少しずれる。それでも刃を引かずに押し込むと、白い核に亀裂が入った。


 丸這いの身体が崩れ、足元へ広がった。


 俺は剣を引き抜き、少し離れる。


「今のは止まったね」


 テッサが盾越しに覗いた。


「斬る場所、広すぎた」


「大きく振った方が強そうだったけど」


「俺もそう思った」


 強そうに見えることと、当たることは別らしい。


 核は小さい。身体ごと斬ろうとするより、盾で動きが止まった瞬間を狙った方が、俺には合わせやすかった。


「右も見えたよ」


 リオが言った。


「ただ、ノルの剣が向こうまで抜けそうだったから、射たなかった」


 言われて、剣先の位置を見る。振り抜いた先は、確かにリオが狙う場所と重なっていた。


「次、俺が入る時は言う。リオも射つ前に頼む」


「分かった」


 相談してきたつもりでも、まだ足りないことがある。


 それでも、何が足りなかったのかは分かった。


 ◇


 二匹目は、リオが見つけた。


 苗床の縁に草が倒れ、不自然に濡れた筋が続いていた。その先で、丸這いが板の下へ半分入り込んでいる。


「あそこ。板を動かすと、苗の方へ逃げると思う」


「じゃあ先に塞ぐ」


 テッサが苗床側へ回った。盾の下端を地面につけ、俺が反対側から板を持ち上げる。


 丸這いが膨らんだ。


 俺はすぐに板を離して下がる。苗床へ向かった塊が盾にぶつかり、その横へ身体を伸ばした。


「こっち、空けるよ!」


 テッサが盾をずらすと、丸這いは空いた方へ抜けた。作業場所へ出てきたところで、彼女が追いついて進路を塞ぐ。


 昨日なら、俺も一緒に追いかけていたと思う。


 今日は剣を低く構え、左側で待った。


 盾へぶつかった身体が伸びる。


「射つ!」


 リオの声に、俺は踏み出しかけた足を止めた。


 矢が半透明の身体へ入り、白い核に当たった。塊が大きく震え、まだ動こうとする。


「入る!」


 俺は左から剣先を差し込んだ。矢の刺さった場所を目印にできた分、一匹目より迷わず狙えた。


 核が割れると、丸這いは盾の前で崩れた。


 テッサがこちらを見て、それからリオへ顔を向ける。


「今の、よかったんじゃない?」


 俺も頷いた。息は上がっていたが、誰の動きを待てばいいのか分からなくなることはなかった。


 リオが弓を下ろす。


「核が寄ってくるまで待ったら、当てられた」


「じゃあ次も頼む」


「うん」


 返事が、昨日より少し大きかった。


 ◇


 三匹目を倒したあとも、すぐには終わりにしなかった。


 依頼主と一緒に苗床の周囲を回り、板の下や水桶の陰を確かめる。新しい這い跡は見つからず、食われた苗の近くにも動くものはいなかった。


「これなら、植え直せそうだ」


 依頼主は折れた葉を摘み、ようやく肩を下ろした。


 完了証を書いてもらっている間に、俺たちは道具を片づけた。剣の汚れを落とし、テッサは盾の縁を拭く。リオが回収した矢の一本は、軸が曲がっていた。


「これは使わない方がよさそう」


「報酬から先に補充しよう」


 俺が言うと、リオは曲がった矢を別にした。


 持って帰れる硬貨が、そのまま儲けになるわけではない。分かってはいたが、三人になると減る理由も三人分ある。


 それでも、空はまだ高かった。


 テッサが腹を押さえる。


「約束、達成」


「何の?」


「昼飯をゆっくり食べる」


 そういえば、昨日そんな目標を立てた。


 畑の外の木陰に座り、包んできたパンを広げる。急いで飲み込む必要がないだけで、いつもより美味く感じた。


「昨日より楽だったね」


 リオが言う。


「同じ相手だったからな」


「でも、昨日と同じことはしてないでしょ」


 テッサの言葉に、俺は頷いた。


 強くなったのかは分からない。剣を握る腕が急に太くなったわけでも、丸這いの動きが遅くなったわけでもない。


 ただ、俺たちがぶつからずに動ける時間は増えた。


 食べ終えて町へ戻ると、ギルドの依頼板に新しい紙が貼られていた。


《東の林道・倒木除去補助》


 その下には、作業場所に棲みついた小型魔物についての注意書きがある。樹皮のような硬い背を持ち、切り株や倒木の陰に潜むらしい。


 俺は読み終えてから、受付へ顔を向けた。


「この魔物、どんな相手ですか?」


 昨日なら、硬いと聞いて刃が通るかどうかだけを考えたかもしれない。


 今日は、どこが硬くて、どこなら届くのかが気になった。


 隣からテッサとリオも、同じ依頼票を覗き込んだ。

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