第33話 三人分の取り分
ギルドの受付で完了証を渡すと、ミラは俺たち三人を順番に見た。
「丸這いの駆除ですね。怪我はありませんか?」
「そっちは大丈夫でした」
答えてから、余計な言い方をしたと気づいた。
案の定、ミラのペンが止まる。
「そっちは?」
帰り道で大きな獣に出くわしたことと、通りかかった剣士が倒したことを説明した。場所を尋ねられ、俺は受付に置かれた地図を指す。
話し終える頃には、丸這いの依頼とは別の報告書が一枚増えていた。
「その獣を倒したのは、皆さんではないんですね」
「違います。俺たちは逃げようとしてました」
「では、目撃報告として預かります。丸這いの報酬はこちらです」
台の上へ硬貨が並べられた。
俺たちが倒した分の報酬だ。
帰り道の出来事が大きすぎて、果樹園でやったことまで薄くなりかけていた。だが、完了証には駆除した数が書かれ、依頼主の印も押されている。
「三人で、同じだけ分けてください」
俺が言うと、ミラは頷いた。
受け取った硬貨を三つに分ける。テッサがそれぞれの枚数を確かめ、リオは自分の分へ手を伸ばしかけて止めた。
「俺も同じでいいの?」
「何で?」
「最初、矢が通らなかったし」
「俺も最初から上手く刺せたわけじゃないぞ」
丸這いの身体は、見た目ほど素直に刃を受けてくれなかった。リオの矢が効かなかったことで、表面を傷つけるだけでは駄目だと分かったのだ。
テッサが硬貨を彼の前へ押した。
「草が倒れてる場所、見つけたでしょ。あれ、私には分からなかった」
「それは畑で見慣れてただけで」
「じゃあ次も見つけて」
リオは少し黙ってから、硬貨を袋へ入れた。
「分かった」
報酬を分ける話は、それで済んだ。
誰が最後に刃を入れたか数え始めたら、盾を持つテッサはずっと損をする。そんな分け方で一緒に働きたいとは思わなかった。
◇
ギルドの外の腰掛けで、果樹園でもらった林檎を一つずつ分けた。
リオは袖で表面を磨いている。テッサはもう齧っていた。俺もひと口食べると、思ったより酸っぱくて頬が縮んだ。
「さっきの人、すごかったね」
リオが言った。
誰のことかは聞くまでもない。
あの剣士が踏み込んでから獣が倒れるまで、俺はほとんど動けなかった。剣の振り方を覚えようにも、気づいた時には終わっていたのだ。
「俺たち、三人で丸這いだったのに」
「比べる相手が遠すぎるだろ」
そう返しながら、俺も同じことを考えていた。
あの剣なら、とは思わなかった。
同じものを渡されても、俺にはあの獣の前へ踏み出せない。重さや切れ味より先に、見えているものが違う気がした。
テッサが林檎を持ったまま、自分の盾へ目を向ける。
「あれ、私の盾で受けたらどうなったかな」
「試さなくてよかったと思う」
「私も」
淡々と返されたあと、三人ともしばらく黙った。
通りでは荷車が進み、パンを売る声がしていた。さっきまであんな獣の前にいたのに、町へ戻れば夕飯の心配が始まる。
俺は残った林檎を齧った。
「でも、丸這いは倒したぞ」
二人がこちらを見る。
「依頼主も喜んでた。最初は三人とも動きが合わなかったけど、最後はちゃんと声が通った」
「ノルが盾の前に出なくなった」
「そこを強調しなくてもいいだろ」
「大事だよ。押せなくなるんだから」
それはそうだった。
リオが小さく笑い、林檎へ目を落とす。
「次は、もっと早く狙えると思う。盾で止める場所が分かれば」
「じゃあ、止める前に言う」
テッサが答えた。
俺も剣を差した腰へ目を向けた。
「俺は、斬れなかった時に振り直すのが遅い。刃を戻してる間、前が空く」
「それ、後ろからだとよく見えた」
「言ってくれ」
「言っていいの?」
「見えてないよりいい」
リオは頷いた。
あの剣士の動きは真似できない。だが、今日の自分たちの動きなら、直せそうなところがいくつもあった。
林檎を食べ終えた頃には、次に何を試すかの話になっていた。
◇
帰る前に、三人でもう一度依頼板を見た。
俺は討伐依頼の端から目を通していたが、途中で別の紙に視線が止まった。
街道沿いの集落へ荷物を届ける仕事だった。途中に泊まりを挟むため、日帰りの依頼より報酬が高い。条件欄には、俺たちにはまだ足りない実績が書かれていた。
「それ、受けたいの?」
テッサに聞かれ、首を横に振る。
「今は無理だろ。ただ、そっちの方へ行ってみたい」
「何があるの?」
「山を越えた先に、大きな湖があるらしい」
食堂に来た旅人が話していた場所だった。
窓から入った風で、卓上に描いた道の線が粉と一緒に崩れたことを覚えている。二つの橋を渡り、山道へ入る。その先の話を聞く前に、ガルドに料理を運ぶよう呼ばれた。
湖の名前は聞き損ねたままだ。
「魚が美味いんだって」
「そっち?」
「それも」
俺は依頼票の行き先をもう一度見た。
「話を聞いて終わるのが、嫌になったんだと思う」
旅人が帰ったあとも、俺は同じ厨房で皿を洗っていた。仕事が嫌だったわけではない。食う場所も眠る場所もあり、ガルドには世話になった。
ただ、次の旅人が来るまで、その先を知る方法がなかった。
「だから冒険者になったの?」
リオが聞いた。
「ああ。自分で行ってみたくて」
口にすると、銅貨の枚数を数えていた時よりも、目的がはっきりした。
短槍が欲しいのも、剣を上手く使いたいのも、その先へ歩いていくためだ。
テッサは泊まりの依頼票を覗き込み、条件欄を指で追った。
「だったら、泊まる金も残さないとね」
「装備だけ買ってたら駄目か」
「湖を見ながら空腹で倒れたくないでしょ」
美しい景色を前に、腹の音ばかり聞いている自分が想像できた。
「それは困るな」
俺は依頼票を戻し、手の届く仕事へ目を移した。
今日と同じ丸這いの駆除が、別の畑から出ている。場所は分かる。注意することも、受ける前に聞ける。
今度は、三人でやり方を決めてから向かえる。
「これ、どうだ?」
紙を示すと、リオがすぐに頷いた。テッサは報酬と場所を確かめてから、俺を見る。
「明日は、今日より早く終わらせよう」
「雑にはやらないぞ」
「早く終わったら、昼飯をゆっくり食べられる」
「それはいい目標だ」
俺は依頼票を取り、二人と受付へ向かった。
遠くへ行くために選ぶ仕事が、近くの畑でも構わない。
今日は三人で丸這いを倒した。
明日は、もう少し上手くやれるかもしれなかった。




