第32話 三人の初仕事
最初の矢は、丸這いに当たった。
当たったのに、倒れなかった。
半透明の身体に矢を刺したまま、そいつは落ちた果実へにじり寄っていく。リオは弓を下ろし、困った顔をした。
「当たったよな?」
「そこは、見てた」
俺は剣を抜きながら答えた。
東の果樹園には、膝より低い木から、見上げるほど大きな木まで、何列も並んでいた。丸這いはその下に落ちた果実へ集まり、踏めば足を取られ、収穫籠に入り込めば中身を傷める。
園主からは、身体の中にある濁った核を壊せと教わっていた。矢はそこを外れ、柔らかい部分に刺さっている。
「動きは遅いな」
近づいた俺の前で、丸這いが縮んだ。
次の瞬間、丸い身体が跳ねた。
俺は横へ足を引いた。そいつは靴のあった場所へ落ち、潰れた果実のように広がる。
「跳ぶのは早い!」
「見てた!」
今度はリオが答えた。
テッサが盾を下ろし、道へ出ようとする丸這いを止めた。柔らかい身体が板に沿って潰れ、その中の濁りが横へ動く。
俺は切っ先を合わせ、突いた。
一度目は浅かった。刃を少し引いて向きを直し、もう一度押し込む。硬い粒を割るような感触があり、丸這いは急に張りを失った。
地面へ崩れた身体から、リオが慎重に矢を引き抜いた。
「一本、帰ってきた」
「最初の感想がそれ?」
テッサに言われても、彼は矢尻を確かめていた。
「大事だろ。これが全部なくなったら、俺、紐のついた棒を持ってるだけになる」
俺は笑い、刃についた粘りを布で拭った。
一匹を倒せた。それも、後ろから指示されずに。
だが、果樹園の仕事は一匹では終わらなかった。
三人で列の間を進むと、リオが草の寝ている場所を見つけた。葉を棒でめくると、丸這いが二匹、腐りかけた果実を囲んでいた。
「落ちた実が溜まってるところを探そう。木を一本ずつ見るより早い」
畑仕事をしていたという話は、本当らしかった。俺とテッサが幹の周りを覗いている間に、リオは湿った窪みを二つ見つけた。
今度は射る前に、彼が手を上げた。
「核がこっちへ向くまで待つ。二人は、そこにいて」
矢が飛んだ。
一匹の身体が震え、その場で崩れた。もう一匹が跳ねたが、テッサの盾に当たって落ちる。俺は横から踏み込み、核を突いた。
剣を引くと、リオが口元を緩めた。
「今のは、よかった」
「毎回それでお願い」
「毎回、あっちが同じ向きならな」
俺たちは少しずつ手順を変えた。
リオが先に狙えるものを射る。近づくものはテッサが止め、俺が横から核を狙う。剣で身体を大きく斬っても、核に届かなければ動き続ける。見た目より、狙う場所の方が大事な相手だった。
最後の二匹が別々に跳ねたときは、少し慌てた。
俺が一匹を追いかけると、リオの声が飛んだ。
「右、もう一匹!」
俺は足を止めた。テッサがそちらへ盾を向け、俺は最初の一匹から距離を取る。二匹を盾の前へ揃え直し、一匹ずつ倒した。
息を整えて顔を上げても、ベックはいなかった。
代わりにリオが、土のついた矢を掲げていた。
「今のは、俺の声も役に立った?」
「助かった」
答えると、彼は少し照れたように矢を振った。
園主と決められた範囲を見回り、残った丸這いがいないことを確かめた。討伐数を控えに書いてもらい、落ちた果実を集める籠も片づける。
帰り際、園主は傷のない果実を三つくれた。
「こっちは、食っていいやつだ」
テッサが一つ受け取り、俺を見た。
「三人だと、こういうのも揉めないね」
「二つだったら?」
「切る。ノル、剣あるでしょ」
「今日は、それで魔物を突いてる」
彼女は果実を大事そうに袋へしまった。
帰りの街道で、俺たちは取り分の話をした。矢は全部拾えたが、一本だけ軸が曲がっていた。リオは直せるか見てもらうと言い、テッサは昼飯を少し良くしてもいいのではないかと提案した。
俺も賛成しかけたところで、リオの足が止まった。
斜面の草むらから、小さな獣が飛び出した。道を横切り、反対側の藪へ逃げ込む。その後ろから、もう一匹が走った。
「変だな」
リオが斜面を見た。
「俺たちを見て逃げてるんじゃない」
木の上から鳥が飛び立った。
枝の折れる音が続き、黒いものが斜面を下ってきた。猪に似ていたが、背は俺の胸ほどもある。硬そうな毛の間に太い牙が突き出し、肩には血の滲む傷があった。
街道へ飛び出すと、道端の石を蹴散らした。
「石垣の方へ」
俺は道の横を指した。リオが先に寄り、テッサが盾を身体の外側へ向ける。俺も続こうとした。
獣の顔が、こちらへ向いた。
前脚が地面を掻いたと思った次の瞬間には、大きな身体が迫っていた。
テッサが盾を上げた。俺はその肩を引こうとしたが、間に合う気がしなかった。受けていい相手ではない。それだけは分かった。
ところが、獣は二歩目で前脚を突っ張った。
土を掘り返し、顔を斜面へ向ける。
木々の間から、一人の男が下りてきた。
くすんだ外套の裾に草の実がつき、腰には長い剣があった。息を切らしているようには見えない。男は獣を見てから、俺たちへ目を向けた。
「そのまま壁際へ」
低い声だった。
獣が唸った。俺たちへ向かってきたときより、ずっと低い声だった。後ろ脚が半歩下がる。
逃げていたのだ。
俺たちからではなく、あの男から。
男が道へ下りると、獣が跳びかかった。太い牙が持ち上がり、黒い身体が視界を塞ぐ。
剣の柄へ、男の手がかかった。
そこまでは見えた。
次に見えたのは、獣の横へ踏み抜いた足と、低い位置に収まった刃だった。何が起きたのか分かる前に、巨体が傾いた。
街道へ倒れ、重い音が腹に響いた。
男は間合いを外して待ち、獣が動かなくなるのを確かめた。それから俺たちを振り返る。
「怪我は」
俺は首を振った。テッサとリオも同じだった。
「追っていた。道へ出して悪かった」
男は布で剣を拭った。飾りのない鞘へ収める動作だけは、よく見えた。
「あの」
声を出すと、男が顔を上げた。
名前を聞きたかったのか、今の動きを聞きたかったのか、自分でも分からなかった。
「……助かりました」
男はわずかに頷いた。
「もう行ける。街道を外れるなよ」
それだけ言って獣へ向き直り、腰の袋から短い刃物を出した。
俺たちは礼を言い、町へ向かった。少し歩いてから、リオが小声で尋ねた。
「見えた?」
「抜くところまでは」
俺が答えると、テッサは盾を背負い直した。
「私、獣の方を見てた」
俺は腰へ手をやった。
自分の剣は、半分ほど鞘から抜けたままだった。慌てて収めると、小さな音がした。
同じ剣を持っているはずなのに、あの男が何をしたのか、俺にはまだ説明できなかった。




