第31話 三人目の仲間
北採石場の依頼が終わったのは、大きな魔物を倒した瞬間でも、宝箱を開けた瞬間でもなかった。
セナが最後の記録へ署名し、受付に提出したときだった。
「これで、入口周辺の調査補助は完了です。二人とも、お疲れさまでした」
机の上には、俺たちが描いた道と、新しく見つかった地下空間の図が並んでいた。採石場では危険区域を閉じたまま、安全を確認できた区画から仕事を再開するという。迷宮の奥は、別に編成される調査班が引き継ぐことになった。
報酬を受け取ると、テッサが財布を掌で弾ませた。
「今回は、修理代を引かなくていい」
「まだ盾を見てもらってないぞ」
「傷、増えてないもん」
そう言いながら、彼女はもう一度盾の縁を確かめた。
俺も剣へ目を落とした。手に入れたときより、柄の革が少し馴染んでいる。今回の稼ぎを加えても、何でも買えるわけではない。それでも、次の仕事を選ぶ間に腹を空かせる心配は減った。
ベックに呼ばれたのは、掲示板へ向かおうとしたときだった。
「ノル。帰る前に、技能の確認を受けていけ」
「俺がですか」
「ほかにノルがいるなら連れてこい」
俺はテッサに笑われながら、裏の訓練場へ向かった。
待っていた確認役は、低い台と板、小石を散らした場所を指した。荷物を持ってそこを歩き、合図で止まり、後ろへ下がる。それだけの課題だった。
ただし、板の一枚は少し傾いていた。
俺は乗る前に足を緩め、端を避けた。次に下がれと言われたときは、振り返って置く場所を見た。荷物が視界を塞ぐと、持ち直してから進んだ。
何度か条件を変えて繰り返したあと、確認役が紙へ何かを書いた。
「《足場確認・初段》。認定して問題ないでしょう」
俺は紙と、自分の靴を見比べた。
「……これで、何か変わるんですか」
「もう変わっているから、確認したんです」
確認役は傾いた板を元へ戻した。
「足を置く前に見る。危うければ置き直す。荷物や周りへ気を取られても、その動作が抜けにくくなっています」
ベックが腕を組んだまま付け加えた。
「地面の下が分かるようになったわけじゃないぞ」
「そこまでは期待してません」
少しは、何か分かりやすい変化があるのかと思った。
だが訓練場を出ても、足はいつもと同じだった。ただ、最初の講習で後ろへ下がれず転んだ頃よりは、靴の置き場所を考えなくても見ていることが増えた気がした。
「初段だって」
テッサが俺の持つ確認書を覗いた。
「見れば分かる」
「嬉しくないの?」
「嬉しいから、まだしまってない」
彼女は笑い、自分のことのようにもう一度紙を見た。
ベックは俺たちを掲示板まで送ると、別の講習へ向かった。
「次は、自分らで受ける仕事を選べ。分からん条件があれば、受付で聞けよ」
俺たちは頷いた。
掲示板には、採石場以外の仕事がいくつも並んでいた。荷運び、倉庫の見回り、薬草採取。討伐依頼の前に立つと、テッサが一枚を指した。
「これ、三人からだって」
東の果樹園に出る、丸這いの駆除だった。
半透明の身体で地面を這い、落ちた果実へ集まる小さな魔物。単体の危険は低いとあるが、果樹園が広いため、三名以上での受注を求めていた。
「あと一人か」
「二人で、一人半ずつ働きますって言ってみる?」
「数え方を教わって終わりそうだ」
俺たちの後ろで、誰かが笑った。
「一人分なら、ここに余ってるけど」
振り返ると、短い弓を肩に掛けた少年がいた。俺たちと同じくらいの年で、砂色の髪が額へ落ちている。背中には矢筒があり、首元には銅札が見えた。
「その依頼、俺も見てた。二人足りなくて困ってたんだ」
「俺たちは一人足りない」
「じゃあ、ちょうどいい」
少年は何の問題も残っていないような顔をした。
名前はリオといった。町の外で畑仕事を手伝いながら、鳥や小動物を弓で追っていたらしい。冒険者になってからは採取や見張りの仕事が多く、迷宮にはまだ入ったことがないという。
「二人は入ったんだろ。北採石場のやつ」
「調査の手伝いだぞ」
「それでも、中を見たんだよな。どんな感じだった?」
宝箱の話をすると、リオの目が明るくなった。
「本当にあるんだ。箱って、どこに置いてあった?」
「隠れた部屋の奥」
「いいなあ。俺もそういうの見つけたい」
あまりに楽しそうに言うので、俺も天井の結晶と木箱を思い出した。
テッサが依頼票の前へ戻った。
「その前に果樹園だけど。弓は当たる?」
「止まってれば、だいたい」
「動いてたら?」
「動き方による」
俺とテッサが黙ると、リオは少しだけ肩を落とした。
「……小さくて速いのは、外す。矢がもったいないから、止まるのを待つ方が得意」
さっきまでの勢いより、その答えの方が信用できた。
受付へ相談すると、組む前に互いの動きを見ておけばいいと言われた。三人で裏庭へ戻り、使用の許可を取って射場へ入る。
リオは離れた標的へ矢を放った。
中心からは外れたが、藁を巻いた胴へ刺さった。二本目も当たった。だが、係の男が別の標的を縄で揺らすと、矢はその脇を抜けた。
「今のは、見なかったことに」
「組む前に見に来たんだけど」
テッサに言われ、リオは素直に矢を拾いに行った。
戻った彼へ、俺は盾を示した。
「テッサが動きを止められれば、狙えるか?」
「狙えると思う。ただ、前にいる人のすぐ横を通して射るのは、まだ怖い」
「私も怖いから、やめて」
「じゃあ、最初に俺が射る。近づかれたら二人に任せて、俺は横を見る」
俺は頷いた。
「無理に全部、弓で倒さなくてもいい。後ろから別のが来たら教えてくれ」
「それならできる」
今度の返事は、さっきより落ち着いていた。
テッサが俺とリオを交互に見た。
「まず一回、一緒にやってみようか」
「賛成」
俺が答えると、リオも頷いた。
受付へ戻り、同じ依頼票に三人の名前を書いた。明日の朝、東門で集合する。報酬は必要な費用を確かめてから三人で分ける。話しておくことは、それほど多くなかった。
建物を出ると、リオが東の通りを指した。
「果樹園の帰り、丘の上から古い砦が見えるんだ。時間があったら、あそこも――」
「明日は果樹園まで」
俺とテッサの声が重なった。
リオは一瞬驚き、それから笑った。
「分かった。じゃあ、その次に相談する」
断られたというより、次の予定ができたような顔だった。
俺は依頼の控えを折り、袋へしまった。明日は、後ろにベックはいない。代わりに、矢を惜しむ弓使いが一人増えた。
東門へ向かう道を確認しながら、三人分なら受けられる仕事が、ほかにもあったことを思い出していた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
荷運びから始まったノルの冒険にも、三人目の仲間が加わりました。
これからは、剣と盾と弓。それぞれの得意なことを持ち寄り、自分たちで冒険を選んでいきます。
新しい魔物や、まだ見たことのない景色。そして、ちょっと期待してしまう宝箱。
失敗も重ねながら進む三人を、引き続き見守っていただけたら嬉しいです。
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