第29話 初めて選ぶ剣
ギルドの机に並べられると、迷宮で見つけた品は、少しだけ小さく見えた。
赤茶色の鉱石が数個。小瓶が三本。金属の筒。それから、革の鞘に入った剣。隠し部屋ではあれほど目を離せなかったのに、明るい窓の下では、誰かの旅支度にも見えた。
それでも、査定を担当した男が剣を持ち上げると、自然と背筋が伸びた。
「これは凡級。魔法の仕掛けはありません。少し手入れが必要ですが、刃の状態は悪くない」
男は紙へ金額を書いた。
俺はその数字を見てから、自分の取り分が書かれた欄を見た。届かないほど高くはない。ただ、気軽に頷けるほど安くもなかった。
鉱石は買い取りがつき、小瓶のうち二本は傷薬として使えると確認された。割れた一本は処分になる。携帯灯も動いたが、中に収める魔石を交換する費用は、使い続ける限りかかるという。
「油はいらないけど、お金はいるんだ」
テッサが筒を見つめた。
「油屋に払うか、魔石を扱う店に払うかですね」
男の答えに、彼女は少し考えてから笑った。
「どっちかには払うんだね」
ガレスとベックは、品物ではなく金で受け取ると言った。セナも同じだった。調査費用などを精算したあとの配分が示され、俺たちは希望する品を取り分から差し引いてもらえることになった。
剣を選ぶと、今回の取り分の大半がなくなる。
さらに、手入れと、腰へ吊るす革帯が必要だった。
俺は財布を開き、残しておいた金を指で確かめた。何日か食べて寝る分まで使うわけにはいかない。剣を持って宿の外で眠るのは、冒険者らしいというより、買い物が下手なだけだ。
「どうする?」
テッサに聞かれ、俺は紙を見直した。
「剣にする。革帯と手入れは、今ある金から出せる」
「ご飯は?」
「食べる」
「じゃあ、いいね」
俺が希望を伝えると、男は記録を書き換え、鞘に入った剣をこちらへ滑らせた。
今度は、見せてもらうために持つのではなかった。
柄へ手を置き、持ち上げる。昨日と重さは変わらないはずなのに、返さなくていいと思うと、握る指に少し力が入った。
テッサは携帯灯を選んだ。彼女の配分だけでは少し足りず、財布から銅貨を足していた。
「それ、すぐ使うのか」
「肩につけたい。どう留めるかは、あとで相談する」
「俺の目を照らさない向きで頼む」
「覚えてたんだ」
俺は忘れるつもりがなかった。
《鉄輪》では、ドランが剣を抜き、刃を光へかざした。柄と鍔を確かめ、鞘の内側も覗く。
「悪くない。少し曇りを落として研げば使える。柄の革は、濡れたらちゃんと乾かせ」
待っている間、店先の短槍が目に入った。良級と書かれた札の下に、銀貨三枚と銅貨四枚の値段がついている。
あれなら、裂き顎の脚へ近づかずに届いただろうか。
考えていると、ドランが俺の視線を追った。
「今度はそっちか」
「見てるだけです」
「買ったばかりの剣にも、少しは慣れてやれ」
もっともだった。
手入れを終えた剣を受け取り、革帯を合わせてもらう。短剣は道具として取り出しやすい位置へ移した。剣を吊るして歩くと、鞘が思ったより後ろまで出ていて、店の戸口にぶつけそうになった。
まだ一度も振っていないのに、もう失敗しかけていた。
午後、ギルドの裏庭でベックが待っていた。
渡されたのは、刃のない練習用の剣だった。俺の剣と長さや重さが近いものを選んだらしい。
「まず、これでやれ」
構えてみると、切っ先が少し下がった。短剣なら手のすぐ先にあった重さが、前へ離れている。
「上げすぎるな。肩で持ち上げ続けると、先に腕が終わる」
言われて肘を下げ、握り直した。
最初は、縄で吊るした布の標的へ刃を当てる練習だった。俺は一歩近づき、斜めに振った。
思っていたより手前で当たった。
標的が大きく揺れ、剣先はその向こうまで流れた。元の位置へ戻そうとすると、肩に重さがかかる。
「近い」
ベックが標的を止めた。
「短剣なら、その位置まで行く必要があった。今はどうだ」
俺は少し下がり、腕を伸ばした。
届いた。
その距離が、妙に落ち着かなかった。自分だけが遠くにいるようで、もう半歩近づきたくなる。
次は、その場所から振った。標的に触れたあと、剣を戻すところまで意識する。勢いを抑えすぎて弱くなり、強く振ると戻りが遅れる。何度か繰り返すと、手のひらが熱くなった。
「さっきの裂き顎なら、これで楽に倒せますか」
「背中へ当てるなら、剣が長くなっても硬いままだ」
俺は昨日、弾かれた刃の感触を思い出した。
「じゃあ、隙間を狙うのは同じですね」
「そうだ。届く場所は増える。使える場所も、同じだけ考えろ」
休憩のあと、テッサが盾を持って相手になった。
いきなり打ち合うのではなく、彼女の横から標的へ触れる練習だった。盾が少し押し出され、その脇へ俺が剣を出す。
一度目は、鍔が盾の縁に当たった。
「近いの、今度は私の方だね」
「分かってる」
二度目は離れすぎて、俺と盾の間が開いた。ベックの棒がそこへ入り、腹の前で止まった。
「相手も、その隙間を使う」
テッサと顔を見合わせ、立つ位置を変えた。
彼女が盾を斜めに出す。俺は切っ先を大きく振り回さず、空いたところへ前に送った。標的へ触れ、剣を引いてから、テッサが盾を戻す。
今度は、ぶつからなかった。
「それ、もう一回」
テッサが言った。
繰り返すうちに、彼女が動く前の肩の変化を見る余裕が、少しだけできた。できたと思った次には盾を擦り、二人でやり直した。
日が傾く頃、ベックが終わりを告げた。
腕は重く、握っていた指を開くのにも時間がかかった。壁際に置いた自分の剣を取り上げると、習う前より扱いづらさが分かる気がした。
それでも、買わなければよかったとは思わなかった。
テッサが荷物を持ち上げ、俺を見る。
「明日もやる?」
「やる。今日ぶつけた分は、減らしたい」
「盾は修理したばかりだから、頼むよ」
俺たちは裏庭を出た。
腰の剣が歩くたびに揺れた。俺は鞘を軽く押さえ、戸口を広めに回った。今度は、どこにもぶつけずに通れた。




